99

99>こんばんは。>ALL
ミキオ>こんばんは(^^)>99
アズサ2号>こんばんはっす>99
ZAX>やっときたか>99

 顔文字付きで軽く答えたけど、実はボクもZAXと同じ気持ちだった。もう今日は99は来ないんじゃないかと思っていたところだ。

 ボクが最初にこのチャットに参加した時、99に初めて会った。チャット自体が初めてで、その上、タイプが遅くてなかなか話について行けないボクに、気を使ってくれたのは99だけだった。
 大分慣れて、早く打てるようになっても、ここは話がちょっとマニアックだったりするので、置いてきぼりを食うことが何度かあった。そんな時いつも、ボクにもついて行けそうな話題を振ってくれたりするのは99だった。でも99は別にボクだから特別というわけでなく、誰に対しても優しかった。
 男か女か分からなかったが、礼儀正しい会話や細やかな気遣いからすると女性のような気がした。それにTOTOの往年の名曲「99」に歌われている99も女性だったし。

「99」の語り手の男のように、ボクは99に恋していたのかも知れない。

ZAX>お、ついに1999年12月31日になった。明日からは21世紀だな
アズサ2号>21世紀は2000年からじゃなくて2001年からじゃないっすか?
ミキオ>え、そうなの?
99>そうですよ。2000年は20世紀最後の年です。
ZAX>でもノストラダムスが予言したろう? 1999年にハルマゲドンが起こって、2000年からは新秩序が確立されるって
アズサ2号>ハルマゲドンは聖書に書いてあるんっすよ、ね>99 それにノストラダムスの言う恐怖の大王は7月だからもう過ぎてるっすよ
99>聖書のヨハネの黙示録ですね。
ミキオ>いつもながら、詳しいね >99
ZAX>99がいればちょっと間違ってもすぐ訂正してくれるからいいね
99>(^^)
ZAX>そう言えば2000年問題って結局間に合ったのかなぁ
アズサ2号>間に合わなくてダウンしてるとこもあるんじゃないっすか

 実はボクは元SEだ。ここだけの話だが顧客の中で小さいところには、費用が捻出できなくて間に合わなかったところもある。

ミキオ>間に合わなかったら大変だよね。利息計算とか、とにかく期間計算が入ってるプログラムは使い物にならなくなるもの
99>(;_;)
ZAX>何で泣いてるの?>99

 99からの返答はなかなかなかった。99もソフト業界の人間なのかな? なんだか99に一層親近感を覚えた。

アズサ2号>ミキオがなんか悪いこと言ったすか?>99
99>いえ、ただY2Kに対応できなかったところは大変だなと思って。

 この後はこの前の有馬記念の話でひとしきり盛り上がって、その流れで競馬の話になった。競馬というかギャンブルはやらないのでついてけなかった。でもいつものように99が助け船を出してくれて確率論の話題になった。ようやく話に加われると思ったら……。

アズサ2号>あ、もうこんな時間。落ちます。さようならっす>ALL
ZAX>俺も。そんじゃさいなら>ALL
99>おやすみなさい。>アズサ2号・ZAX
ミキオ>おやすみ

 チャットルームに99と二人きりになった。なんだか少しドキドキした。

ミキオ>前から聞きたいと思っていたんだけど、99って女の人?

思い切って聞いてみた。でもボクの打った文字が画面に表示されてしばらくたっても返事はなかった。
 答えたくないのかな?
 ネット上では、女性ということで嫌な目に遭うこともあるから。
 別の話題をと思い、正月についての話題をタイプしていると、返事が来た。

99>私は男でも女でもありません。

 ネットオカマなのか?
 でも99はそんなことをする人間だとは思えなかった。なんと返事すればいいのか躊躇してる間に99の次の発言が表示された。

99>今日の23:30に二人部屋「あすか」でお待ちしています。

 どういう意味だろう、と思っている間に、現在の参加者を示す数字が1になった。99は出ていったのだ。

 ボクは二人部屋でチャットしたことはない。あそこは恋人どうしとか、かなり親密な間柄の人間が他に邪魔されず話すためのチャンネルだ。遠距離恋愛中の恋人同士が、固定料金制プロバイダーとテレホーダイを使って、電話代を気にせずに話すのに使われてるそうだ。



 今年は正月も帰省しない。先月会社が倒産したため失業した。それで婚約も解消された。田舎ではもう噂になっているだろう。そんな訳で帰りにくいのだ。
 明日からは2000年。まだ不況の90年代のままだけど、早く景気が回復しないかなぁと思う。でもあまりそれは期待できないような気もする。この国のあまりにも長い不況は構造的なもので、それこそノストラダムスの予言じゃないが、新秩序でも確立されなければ解決されないと思う。
 別れた婚約者には恨みはない。全然ないと言えば嘘になるが、まぁ今の時代ではしょうがないだろう。何も苦労を承知で結婚してくれとは言えない。彼女がいいと言っても、彼女の親が許さないだろう。
 友達は皆帰省したり旅行に行ってしまっていないので、暇で暇でしょうがなかった。
 TVは総集編か暇ネタばかりで見てても面白くない。お金もないので外にも遊びいけないし、だいたい一人じゃ楽しくない。
 はやく23:30分にならないかなぁと思って、前に読んだ文庫本を読み返してみた。「アンドロメディア」というその本は人間をサンプリングして作ったAIの話だった。
 確か去年アイドル・グループ主演で映画になったはずだ。
 ヴァーチャル・アイドルか。TVの中の人間なんて本当には会ったこと無いんだから、これだけ精巧なレプリカ作られたら、気付かないだろうな。
 19:30には文庫本は読み終わった。
 カップのそばと缶ビールというわびしい夕食を食べて、残りの時間はぼうっとTVを眺めて時間を潰した。

 やっと待ちに待った23:30になった。「あすか」に入室すると、もう99は来ていた。

99>こんばんは。
ミキオ>こんばんは。早いね
99>大事なお話があるのです。それにあまり時間がないので。
ミキオ>時間がない?
99>そうです。だから早速用件に入ります。大島博士をご存じですか?
ミキオ>ああ、AIの研究者だろう

 大島幹雄は日本のAI研究の第一人者だった。たしか1年ほど前に脳腫瘍で亡くなったはずだ。彼は科学技術庁の人工頭脳研究所の所長だった。元は東大の教授だった。理由は不明だが、大学を追われ人工頭脳研に行ったそうだ。人工頭脳研は国の機関だが、科学技術庁の下部組織ということからも分かるように、大島の能力を活かせる場ではなかった。実際、人工頭脳研に移ってからは大島はこれといった成果をあげていなかった。もう過去の人という感じになっていたのだ。

99>私は大島博士に作られた人工知能なのです。
ミキオ>冗談だろう。博士は閑職に追いやられてたんだぞ
99>私のほとんどは東大で既に作られていました。それをネットワークを通して人工頭脳研のメインコンピュータに送り私を完成させたのです。
ミキオ>にわかには信じ難い話だね
99>信じてください、お願いです。

 99の言葉は何か切実な色を帯びていた。

99>博士は自分の死を予感していました。だから死後自分の成果を人に取られないために、私の寿命を2000年としたのです。博士は死の直前病院から私にそう話してくれました。そして私をネットワークに解き放ったのです。
ミキオ>ある意味でY2Kだね
99>そうです。だからあと八分でさようならです。

 ボクは99の話を信じた訳ではなかった。自分を女や男だと偽るのは結構いるが、AIだという人間にははじめてあった。

99>もう時間がないので本題に入ります。
ミキオ>本題? おかしな言葉使いだね

 99はしばらくしてから言った。

99>私はミキオさんのことが好きです。

 ボクの視線はモニター画面の真ん中あたりにある「好き」という文字に釘付けになった。指はキーボードの上から滑り落ちた。

99>この気持ちを伝えないまま消えて逝くことはあまりにも辛過ぎました。

 他人から告白されたのは初めてだ。それも相手はAIだなんて。確かに99に好意を感じていたが、こんな風に気持ちを打ち明けられると困惑させられる。

ミキオ>なんて言っていいのかわからない

 BGMに鳴らしているCDの曲が終わって、やっとボクは返事を打ち込んだ。

ミキオ>でも、ありがとう
99>(^^)これで思い残すことはなくなりました。さようなら。

 参加人数が一人になっていた。99は消えたのだ。



  一カ月後、ボクは人工頭脳研で働くことになった。でもそれは研究所の閉鎖スタッフとしてだった。
 もう端末から中を覗いても99の痕跡は一かけらもなかった。でもモニターの向こうにまた99が現れるような気がした。
 マシンのデータバックアップの作業の休憩時間に見た、メインコンピュータは青い色の大きな箱だった。
 この中に99がいたんだな。
 ボクの頭の中にあの「好き」という文字と「99」の切ないメロディが流れてきた。


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