公園から泣き声が聴こえる。
いつもなら素通りする小さな公園には滑り台と砂場とブランコ。
滑り台の影に人影が見える。
なんとなく気になり、毎日のように脇を通るこの公園に初めて足を踏み入れた。
子供の頃によく遊んでいた公園を思い出し、懐かしくて仕事に疲れた身体が癒さ
れる気がした。
滑り台に近づくと、二十歳前後の女性が地べたにペタンと座り、両手で顔を覆っ
て泣いている。
まるで少女のようだと思った。
友達がみんな帰ってしまって寂しくて泣いている少女のようだ。
ほんの一秒とか二秒だったと思うけど、少し見とれてしまった。
ふと足にいくつかの痣があるのに気付いた。
僕はちょっと迷ったが「あの・・・大丈夫ですか?」と声を掛けた。
僕の声に反応して彼女はゆっくりとこっちを向いた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。濃くはないけど化粧も当然崩れている。
そして子供が泣いているみたいな表情。
不謹慎だけどそういうの全部含めて可愛いと思ってしまった。
でも一つだけ、左目付近の痣だけが異質に見えた。
彼女はえづきながら僕に答えた。
「えぐ、だ、大丈夫です! どうもすいませんえぐ」と何故か僕に謝ってまた顔
を覆った。
大丈夫には見えない。
かと言って見ず知らずの僕がこれ以上深入りするのを彼女は望んでいないかもし
れない。
痣と泣いている理由は関係ないのかもしれないし。
僕は困ってしまって頭を掻いた。
なんか昔同じような事があったような気がするな。
僕は小さな頃の事を思い出していた。
近所に住んでいた女の子がいた。
ミキちゃん、と僕は呼んでいた気がする。
親同士で交流があって自然と僕たちも仲良くなった。
ある時近所の公園で遊んでいたら、ミキちゃんが突然泣き出した。
「どうしたの? どっか痛いの?」と聞いても何も言ってくれない。
ひたすら泣いていた。
僕はしばらく理由を聞き続けたが全く答えてくれないので困って立ちすくんだ。
やがて日が暮れてきて、僕は泣いているミキちゃんをそのままにして諦めて帰っ
てしまった。
それがミキちゃんを見た最後の日だった。
あとで母に聞いたのだが、急な転勤が決まり引っ越したのだそうだ。
ミキちゃんは、僕には言わないようにみんなに口止めしていたらしい。
何故か分からないけど、最後まで普段通り楽しく遊びたかったのかもしれない。
もしかしたら僕を悲しませたくなかったのかもしれない。
どっちにしろ今となっては分からないが、その時結局ミキちゃんは泣いてしまっ
た。
好意的に考えれば、僕と離ればなれになるのが悲しかったんだろう。
それを僕は、何も言ってくれないからといってミキちゃんを一人残して帰ってし
まった。
ふと見ると女性はまだ泣いている。
目の前で泣く女性を見て困っている僕。
あの時と一緒だな。
あの時ミキちゃんにしてあげられなかった事、今もそれを後悔している。
あの日の罪滅ぼしをさせてくれるチャンスを神様が与えてくれたのかもしれない
。
いや、罪滅ぼしになんてならないのは分かっている。
でもこのまま帰る事だけはしたくなかった。
僕は滑り台に上った。
なんだか小さい気がするが子供からしたら大きくて高いのだろう。
僕が昔遊んでいた公園の滑り台はもっと大きかったような気がするが、
ほんとはこのくらいだったのかもしれない。
よいしょっ、とおっさんくさい掛け声をかけて滑り台に座る。
「あ、あれ?やばい」
なんだろうと思って彼女が僕の方を見る。
「ど、どうしたんですか?」
彼女はまだ完全には泣き止んでいないようだったけど僕の状態を見る為に立ち上
がった。
僕はというとお尻が見事に滑り台にはまっている。無様である。
「あれおかしいな。滑ろうと思ったのにこれじゃ滑れないや。はは」
「ふふ」と少し笑った。よしいいぞ。
「やっぱ滑れないな。やめとこう」と立ち上がろうとする。いや、振りをする。
「あ、ケツが、ケツが抜けないぃ!」
彼女は苦笑い。「そんなわけないじゃないですかぁ」
「ほ、ほんとだって!マジ抜けないんだって」
すると目を見開いて「えっ、大丈夫ですか?」
ほんとに驚いているのか僕に気を遣っているのか。
でも僕は続ける。
「大丈夫じゃないって!そ、そうだ。上ってきて背中押してよ。そうすれば抜け
るかも」
「え、うん。ちょっと待っててくださいね」
よし乗ってきた。あとは仕上げだ。
「押しますよ?」と言って僕の背中を押す。
「そんなんじゃ弱いよ。もっと強く押してくんなきゃ抜けないよ」
「わ、分かりました。行きますよ」ググッと押す。
僕はお尻を滑り台から抜いて派手に転げ落ちた。
もちろんワザとだが少々痛い。というかかなり痛い。
膝を見るとスーツが破れかかり、さらに血が滲んでいる・・・。
「大丈夫ですか!?」
彼女は心配そうに上から見下ろしている。
「はは、やった。抜けた・・・」
僕のその一言の気の抜け具合が面白かったのか、彼女は爆笑した。
僕はさっき、彼女の泣き顔が可愛いと思った。
前言撤回します。笑った顔の方が断然可愛い。
僕はこの笑顔を見られただけでも身体を張った甲斐があったと思った。
完
|