ショートショートバトル 5KBのゴングショー第66戦勝者

「スエラ」

せりざわ倫

私はコレでも世間では話題をさらった映画俳優、岸本勝だ。
数々の賞と栄光と名誉をこの手で掴んだ。
しかし、世間に嫌気がさして私は誰も私の事を知らない所へと旅に出た。
その途中で、一軒の民宿に泊まったのだ。
それが悪夢の始まりであった。

「おんやまあ、アンタあの映画俳優の岸本勝にそっくり!私大ファンなんですよ。た
まげたわあ」
「ハハ、良く言われますよ」
私はそうやって誤魔化した。
そして、お婆さんは手際良く私の荷物を部屋に運んでいった。
「お風呂にでも入っていったらええ」
そう言われたので、言われた通りに風呂に入った。
あまり、長く風呂に入るとすぐのぼせる私は、15分くらいで風呂から上がった。
部屋に戻ると、私はやられた!と思った。
私の荷物が片っ端から荒らされていたのだった。
下着や、服などといったものばかりが無くなっていた。
お婆さんの所に行くと、まず私は彼女を問い詰めた。何故なら私とお婆さん以外、
その家には誰もいないからだ。
するとお婆さんはにっこりとこう言った。
「お客さん、お食事はいかがですか?」
最初はボケているのかとさえ思ったが、それは違っていた。
「ここには、泥棒が多いんですよ。お客様も災難でしたねえ」
とりあえず、その場はお婆さんに丸め込まれ、私は夕食を取り始めた。
夕食が済み、食後のお茶を飲むと、私は部屋に戻ってあらかじめ敷かれていた布
団に潜り、眠り込んだ。と、急に誰かが入ってくる気配がした。
私が耳を済ましていると、暗闇から荒い息遣いが聞こえてきた。
そして、段々とその息遣いが私の顔の前に近づいてくるのだ。
「ハァ、ハァ、ハァ、」
「・・・・・・・・・・・・・・!」
息が顔に当たり、洒落にならないと思った私は思わず飛び起きて、電気をつけた。
すると、目の前にお婆さんがいた。
「何するんですか!?」
私がそう問い詰めると、お婆さんはにっこりとこう言った。
「お夜食なんかいかがですか?おにぎりなら作れますよ」
「何なんだ!アンタは!?人の荷物あさったり、夜這いしようとしたり!?誤魔化し
てるんじゃないよ!」
そう怒鳴りつけたまさにその時、私はフッと意識を失ってしまった。
次に目が冷めた瞬間、私は自分の部屋の柱に縛り付けられていた。
「!?な、何だ!?」
体に少し、痺れみたいな感覚が残っている。
「薬が効いたようね」
お婆さんは急にハイテンションで私の顔をまじまじと見つめた。
すると、急に昨晩みたいに息を荒くし始めた。
「ま、まさ、勝サマー!貴方が失踪したと聞いた時からこのババアは毎日苦しい思
いをしてきました!でも、今、目の前に貴方が居られるのですねー!」
老婆とは思えないほど甲高い声でお婆さんは喜びをあらわにしていた。
「く、う、動けない!」
「・・・・ああ、そうでした。朝食をお持ちしますね」
そう言うと、すぐに朝食を持って老婆が現れた。
「今日のは美味しいですよ。ババアの愛情たっぷりですからね。はい、あーん」
かたくなに拒んでいた口に無理矢理ご飯を押し込むとお婆さんは本当に嬉しそう
であった。
食事が終わるとお婆さんは急に真面目な顔になった。
「ああ、テレビは壊れてて1時間くらいしか映らないんです。申し訳ございません」
そう言うと、朝食を持ったまま、部屋を出ていった。
私は、お婆さんのいない内に何とかして縄を解くと、窓から逃げ出そうとした。
すると、お婆さんがいきなり現れて、私の腕を掴んだ。
「!?くっ!!」
「いけません、ここから落ちてお怪我でもされたらどうするんです!?これはもっと
きつく縛らないといけませんね」
お婆さんは物凄く陰惨な笑みを浮かべ、柱へ私を連れていった。

そして、1週間が経つと私はもう、生きる事さえ嫌になってきていた。
毎日、執拗にくるお婆さんと、見慣れると以外に殺風景な部屋と、一時間しか映ら
ないテレビに、もう耐えられなくなってきていた。
「お買い物に行ってきますのでお留守番宜しくお願いします」
お婆さんが外出しても、ここから脱出する気さえ失せた。
手首が後ろにあるため、自殺することも出来ない。
こんな、民宿泊まらなければ良かったと後悔すら出来ない。
私は一体、いつまでここに生きていればいいのだろうか・・・・

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