いつのまにこうなってしまったのだろう。
違和感はだいぶ前から感じていた。
コンビニの店員が無表情になった。
バラエティ番組の出演者たちが無表情になった。
街で見かける恋人達はどことなく楽しくなさそうだ。
友達も笑わなくなった。というより、みんな怒っているように見える。
世界中から“笑顔”が消えてしまった。
と思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
ボクサーは笑顔で殴り合っている。
街では若者が微笑みながら喧嘩をしている。
ワイドショーの出演者たちは残忍な事件の犯人に対して怒りをあらわに・・・していない。笑顔だ。
・・・どうやら表情が逆転してしまったらしい。
なるほどそういうことだったのか。
昔から俺は無表情な男だった。
感情を面に出すのが苦手だったのだ。
他人から見れば、何を考えているのかわからない、
とっつきにくい奴だったに違いない。
なのにここ数年で友達の数が異常に増えた。
奴らから見たら俺は“いつも笑顔”の“愛想のいい男”なのだろう。
彼女もできた。ひのうちどころのないいい女だ。
いや、ただ一つ欠点をあげるとすれば、常に無表情なところだろう。
彼女は微笑んでいるつもりなのだろうが。
昨夜その彼女から別れ話を切り出された。
彼女の言い分はこうだ。
「あなた、本当は私のこと愛していないんでしょう。
だって、あなたっていつもはニコニコしているくせに
私といるときは全然楽しそうじゃないんだもの。
特に、あなたが私にたまに見せる、とても憎憎しげな表情が耐えられないの。」
俺が見た彼女の最初で最後の“笑顔”だった。
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