ショートショートバトル 5KBのゴングショー第45戦勝者

「笑顔」

mabo

いつのまにこうなってしまったのだろう。
違和感はだいぶ前から感じていた。

コンビニの店員が無表情になった。
バラエティ番組の出演者たちが無表情になった。
街で見かける恋人達はどことなく楽しくなさそうだ。
友達も笑わなくなった。というより、みんな怒っているように見える。

世界中から“笑顔”が消えてしまった。
と思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

ボクサーは笑顔で殴り合っている。
街では若者が微笑みながら喧嘩をしている。
ワイドショーの出演者たちは残忍な事件の犯人に対して怒りをあらわに・・・していない。笑顔だ。

・・・どうやら表情が逆転してしまったらしい。

なるほどそういうことだったのか。
昔から俺は無表情な男だった。
感情を面に出すのが苦手だったのだ。
他人から見れば、何を考えているのかわからない、
とっつきにくい奴だったに違いない。
なのにここ数年で友達の数が異常に増えた。
奴らから見たら俺は“いつも笑顔”の“愛想のいい男”なのだろう。

彼女もできた。ひのうちどころのないいい女だ。
いや、ただ一つ欠点をあげるとすれば、常に無表情なところだろう。
彼女は微笑んでいるつもりなのだろうが。

昨夜その彼女から別れ話を切り出された。
彼女の言い分はこうだ。
「あなた、本当は私のこと愛していないんでしょう。
だって、あなたっていつもはニコニコしているくせに
私といるときは全然楽しそうじゃないんだもの。
特に、あなたが私にたまに見せる、とても憎憎しげな表情が耐えられないの。」

俺が見た彼女の最初で最後の“笑顔”だった。

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