ショートショートバトル 5KBのゴングショー第3戦勝者

朝の過ごし方

woodbell

ある朝、別段変わりもなく新聞を読んでいる男がいた。
「春男さん、何を飲みます?コーヒーでいい?」
妻は一応聞いてみた。春男は必ずコーヒーと言うのは承知の上が、
これは恒例の朝の会話になっている。
「ああ、コーヒーがいい」
新聞を読みながら、いつもの調子で春男は答えた。
春男はいたって平凡な男であり、夫である。仕事も程なくこなし、出世も人並み、
どこにでもいる極々普通の男である。
但し、ある一つの事を除いてはだが・・・。
「また、政治家の汚職かぁ。頭に来る。もっと厳しく取り締まれないのか。
俺だったら、どこまでも追求して逮捕するのにな」
また、外国の記事に目をやっては、
「人間はいつまで愚かな動物なんだ。いっこうに戦争がなくらないじゃないか。俺だったら・・・・」
また始まったと妻は思った。他に悪い所がない夫だけに、この位の事には目をつむっているが、
やっぱり毎朝のことだと妻もあきれている。
それに最近はその愚痴というか独り言が多くなってるのだ。

その後一通り文句を言った後、コーヒーを飲み干して会社に向かう。
だが、会社ではそのような事を口走る事はないようだ。あくまでも、
朝、新聞を読みながらでしか言わないらしい。
だから、会社の同僚はそのことは全く知らないわけだ。春男は人当たりの良い好青年と思われ
ている。朝の事を知ったら驚くに違いない。

「ただいま」
「お帰りなさい」
妻は穏やかに迎える。なぜかというと、春男は夕刊にはほとんど目を
通さないからだ。当然、朝のように新聞で何かを言うこともない。
あくまで朝刊に限ってのこと。妻もどうしてかは分からないが、朝は普段の夫とは違うのだ。何か
殺気立っているという感じを覚える。
妻は思い切って聞いてみた。
「ねぇ、あなた。何で朝刊を読む時はあんなに文句を言うの?」
「え?」
春男は一瞬戸惑った。だが、すぐ切り返す。
「いや、別に・・。俺はそんなに文句を言うかい?」
「あなた気づいてないの?」
妻は困惑した表情で聞き返す。
「いや、自分の中では、そんなつもりはないんだが・・」
「どうも朝からあんな記事を見せられると言いたくなるのかな」
 その夜、春男は奇妙な夢を見た。自分の前に人影が現れて、こう言った。
「お前・・は・・か・・み。お前は神だ・・・」
春男はガバッと起きあがった。汗をかいている。
「何だ今の夢は・・」
「う〜ん、あなたどうしたの?」
妻の問いに、
「いや、何でもない。ちょっと悪夢を見ただけだ」
気になりながらも春男はふたたび寝床についた。

翌朝、春男は新聞を広げ、いつものように記事に目を通す。
最初に目についたのは、幼児誘拐の記事だった。
「幼児を誘拐するなんて、なんて奴だ。こんな奴は自首しても死刑に
するべきだ」
そう言った後、再び記事に目をやると、なんと!記事が変わっているではないか!そこにはこう
書かれてあった。
”犯人は自首したものの、判決では死刑が確定。異例な判決に弁護団は異議を申し立てる”
「な・なんということだ・・。記事が変わった?いや、思い過ごしか?」
しかし、春男は少し信じ始めていた。そうだもう一度。
「先日からの通り魔殺人事件の犯人を俺が犯人を捕まえる・・と」
すると、どうだろう。その記事が一面に現れたではないか!
「本当だ。昨日の夢は正夢だ。俺は神になったのだ!」
「わはははははっは」
台所から妻が聞く。
「どうしたの?今日はご機嫌ね」
「見てくれ、ここの記事を」
妻はその記事に目をやるやいなや、こう言った。
「あ・あなた、いつの間に。凄いわ!なぜあたしに言ってくれなかった
の?あたしが思っていたよりも、あなたって勇気があるのね。見直したわ。新聞の一面の載るなんて、驚きだわ」

「どうだ凄いだろう」
春男は自慢げである。無理もない自分の言った言葉がそのまま現実になるなんて。
「あなた、コーヒーでいいわね?」
「ああ。コーヒーでも何でも入れてくれ」
春男は思った。毎朝頭に来ていた世の中の事件、事故を俺の一言で変えられると。
「さぁ、これからどんな事を実行しようか。俺の一言が世界を変えるんだ」
「俺は神だ!わははははは」


妻はコーヒーを持っていきながら、こう言った。
「良かったわ。あなたが良いことで、新聞に載るなんて。殺人事件の犯人で載るなんてことがあったら、私はどうして生きていけば良かったか、想像しただけでゾッとするわ」
「バカッ!俺が悪いことで新聞に載ることなんかあるもんか。ましてや、俺が殺人事件の犯人で・・・あっ!!」
春男は思わず復唱してしまった・・・。
「はい。あなた、コーヒーが入ったわよ」
「あれ?」
そこに春男の姿はなかった。
「もう会社に行ってしまったのかしら?」

テーブルに広げられたままの新聞にはこう書かれてあった。
”先日の殺人事件で緑川春男容疑者が逮捕された。死刑は免れないだろう” と・・・・・・。

−完−

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