ショートショートバトル 5KBのゴングショー第214戦勝者
と松本なり名トリックスター
断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 変な口癖だな、そう思いつつも、彼の話を聞きながら、つい肯いてしまうのは、きっとボクが空っぽな人間だからなんだろう。 空のグラスはなんでも入る。 そのキャパシティーの範囲であれば。 そんなことを心の中で呟きながら、 「君ってカワイイネ」 と隣の女性に話し掛けている。 すると、彼はしたり顔で、 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 とまた繰り返す。 ちりも積もれば山となる。 と返すと、 チリもツモレバ大和なる。 と返してくる。 彼は中国人なのだ。でも麻雀の中の中国語しかわからないのだけれども。 そう言うと、 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 とくる。 ダンダン馬鹿らしくなってきて、 「君ってカワイイネ」 と言いつつ、隣の女性の胸元に手を差し込もうとして、肘鉄を食らう。 キモい。 そう一言言い残して、彼女は去る。 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 それってどういう教訓が含まれているのかな? と聞くと、 教訓なんてものは、断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしないと同義だ。 と言う。 そうかね? そうだ。 いつもは断言を避ける彼が珍しく断言した。 この店は、不思議だ。いつも彼に連れてこられるのだけれども、くるたびに違って見える。 内装変えた? と店のこのコに聞くと、 え、うん。 と心もとない返事しか返ってこない。 店の内装が変わったのに、従業員が気づかないことなんてあるのかなぁ。 そういえば、いつも同じコだと思うのに、微妙にどこかずれている。 ただ単に飲みすぎなだけだと思うけど。 今日の店内は、昭和のゴージャスなキャバレーという趣だ。 しかし、それもボクの中のイメージに過ぎないので、本当に当時そうであったかは不明だ。 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 彼はそう言って札束(?)を取り出し、テーブルの上に置いた。 いくらぐらいあるの? 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 口癖にしても言いすぎだろ、と思いつつ、 今日は奢りかな? モチロン。 すると、いつの間にか周囲に綺麗ドコロが大挙押しかけてきて、知らない間にフルーツの盛り合わせやら、シャンパンやら、高級ブランデーのボトルやらが、勢ぞろいしていた。 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 彼の目は据わっていて、その口癖にも、いつもよりも真実味が与えられているように思えるのは、きっと飲みすぎのせいだろう。 周りの喧騒とは無縁の世界にボクはいた。 断片を重ねてもなにも生まれはしない。傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 が、 断片を重ねてもなにも生まれはしない。 傘はないと濡れるがすぐには死にはしない。 になった。 二行になると、また違った味わいがある。 気が付くと、白い部屋だった。 2001年みたいだった。 |
[前の殿堂作品][殿堂作品ランダムリンク][次の殿堂作品]