いまやすっかりあたしになついた猫たちの世話を終えて一息ついていると、人の気配を感じた。
ふと横を見ると、背広姿の男が座っていた。
「あなた、いったいだれ!?」
あたしは最後の子供なのだ。もはやこの世界にあたし以外に人間がいるはずがない。
驚いて立ちすくんでいると、彼はニヤニヤ笑いながらあたしに話掛けてきた。
「ようやく気付いてくれましたね。いや、実は私は悪魔なんです」
「じゃあ、ルナちゃんの命を奪いにきたのね」
「そんな滅相な。殺したりしません。わたしたち悪魔は、人間の欲望の精神的エネルギーを、手近な願事をかなえてあげることによって増幅させ、増幅分をほんの少し分けてもらっているだけです。商売敵の神や仏がこれを『魂を取る』なんて言うから、最近じゃすっかり商売、上がったりだ」
「まぁ、悪魔さんはルナちゃんの願いをかなえに来てくれたってわけね」
「そう、その通り。そして、あなたの願を3つかなえて差し上げましょう。そしてその欲望エネルギーを少し分けてもらえれば、それで助かるのです。ただし、あなたの願にも制限があります。悪魔にも仁義がありましてな。まず、殺人を始めとする、犯罪行為はいけません。それから、無限の効果もいけません。たとえば3つめの願に『あと願を3つ』とか、『永久に奴隷となって願をかなえろ』というのも駄目です。それと、わたしの実力では一つの願に1億円程度が限度です。ですから10億円出せ、と言われても無理です」
釣り上った目元口許、尖った耳、時折見えるしっぽなどを見てるとやはり悪魔みたいね。何年も前に本で読んだことがあるわ。ねがいごと、ねがいごと・・・何がいいかなあ・・・。
「今日が何の日だか知ってる?」
「2月14日は聖ヴァレンタイン・デイでございます」
「そうよ、だからルナちゃん、チョコレートがほしいわ」
「え、チョコレートなんかでいいんですか?」
「そう」
「そんなしみったれたこと言わないで、いっそのこと1,000万円もご用意致しましょう」
「お金なんてなんの役にも立たないわ」
悪魔は不承不承、チョコレートをくれた。
あたしはチョコレートを受け取るとそのまま悪魔の方に差し出した。
「ルナちゃんは悪魔さんのことが好きです。チョコレートを受け取って下さい」
「な、なんだって!?」
「ルナちゃん、おかしなこと言ったかなあ?」
「悪魔が人間からものをもらうなんて聞いたこともない」
あたしはただただ悪魔を見つめるばかり。悪魔はしばらく考え込んでこれも願いのひとつだと納得したのか、あたしのチョコレートを受け取った。
「さあ、ふたつの願い事をかなえました。あとひとつですよ。どーんと大きいな願い事はどうです?」
「ルナちゃん、悪魔さんにずっとここにいてほしいな」
「無限に関する願い事は不許可です」
「そうだろうと思ったわ」
「・・・」
「ルナちゃんね、考えたの。最後の願いはお願いしないことにするわ」
「それは困ります。はやく最後の願いを言って下さい」
「やだよー」
あたしの愛の告白が効いたのか、それとも悪魔は暇なのか、毎日のように悪魔は現われてあたしに付きまとっている。
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