ショートショートバトル 5KBのゴングショー第167戦勝者

「小雨模様」

千明

 朝方は雨の気配などまるで無く、昨日の天気予報でも雨の予報は無かったのに、学校帰り駅までの道で通り雨に見舞われてしまった。
「ついてないな…」
ため息混じりにそう吐いて苦笑いする。このため息は誰に向けられるわけでもなく湿った空気にかき消されていく。行きつけの本屋の軒先に身を置いて雨宿りをするものの、濡れた体をこの本屋に置くのは少々気がひけた。ただ単に本が濡れるからではなく、足元に一匹の野良猫がくっついているからである。
 昨日からずっと俺のそばをうろついているそいつは、学校へ行けども、家へ帰ろうとも、バスに乗ろうともくっついてくる。さすがに家や学校の中には入らないが、帰りを待つペットのように玄関で俺を待ち構えている。
「ミャー」
 猫は暢気に鳴いている。俺はこの状況に泣いている。
 猫の持つ、灰色の毛から少しばかりの水がしたっている。毛並みと首輪が付いていることから察するに、どこかの飼い猫であろう。それに何より人懐っこい。首輪に何か名前のような物が書いてあり、それを確認しようと持ち上げたら物凄い速度で逃げられたのだが。もちろんその後すぐに俺のところへと戻ってきた。

 俺は少し腰を落とし、猫に語りかけた。
「どうする?」
「公園行きたい」
「あっそ。でも凄い雨だぞ?」
「もう止む!」
「はいはい…」
性別の判断が出来ない少し高めの幼い声で猫は言った。何しろ動物の勘?は当たるだろうからそのうちこの雨は止むのであろう。本屋の軒先から少しだけ頭を出して空模様を確認する。確かに、少しずつではあるが雲の切れ目から太陽の光が覗いている。小雨模様の仲足元の猫に目で合図をして、近場の「葵公園」へと駆け出した。
 この雨の勢で出来た水溜りを蹴り飛ばし自分が被害を受ける。がむしゃらに走り続け三回ほど道を曲がったところで「葵公園」到着した。葵公園は中心に滑り台と砂場を構え、他には…とにかく気がたくさんある公園だ。まあ、今では珍しい面白みの無い公園だ。
「滑り台の上!」
「びしょびしょだぞ?」
「上!!」
「…はいはい」
 単語のみを並べて喋る猫の口調は、きついわけでは無いのだが、やはり命令口調に聞こえる。公園の真ん中にある滑り台に手を掛け、水滴で手を滑らせないよう慎重にけれども大雑把に上っていく。
「頂上、頂上!」
うれしそうにはしゃぐその越えになんだかほっとした矢先、猫が頂上から飛び降り草むらに逃げていってしまった。
「な、何だったんだ…」
 唖然とする俺を公園に一人残し、猫は去っていってしまった。俺は一人公園に取り残された。
 今まで数十匹の猫に会ってきたが自己紹介をする律儀な猫は居なかった俺が言いたい事。それは、猫は気まぐれってこと。そういえば猫って人語を喋れただろうか?今頃気づく俺も俺だが、でも、声帯があるのだから喋れるのだろう。そうだ。明日誰かに聞いてみよう。


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