ショートショートバトル 5KBのゴングショー第15戦勝者
たけおX
七色の光の束が、私を包み込んでいた。 光り輝く美しい舞台の上に、私は立っている。 初めての、そしておそらく最後の経験。 きっかけは、たまたまテレビ局の前を通りかかった、ただそれだけだった。 そこでADらしき男の人に声をかけられなければ、今もまだ、さびしいボロアパートで、コンビニ弁当を食べていた事だろう。 「一日、いや、三時間だけでいいんだ!ステージに立って歌うふりさえしててくれれば……」 ADの人は、すがるような目で私を見てた。ずっと貧乏暮らしをしてきた私にとって、そんな事は初めてだった。 だから、思わず頷いてしまっていた。 そして私はここにいる。急病で倒れてしまったという、アイドル歌手のピンチヒッターとして。 メイクアップされている間も、自分が何をしているか分からないでいたような気がする。でも、メイクが終り、鏡に映し出された「自分じゃない自分」の姿を見たとき、なんだか、少しだけ、心がときめいていた。 「お姫様みたい……」 だが、そんなときめきも、いまや完全にどこかへ飛んでしまっていた。今の私を支配しているのは、どうしようもない緊張感。 マイクを持つ手が震えているのが分かる。いや、震えているのは全身だ。脚の先から髪の毛の先まで震えているような気までしてきた。 自分は本当にここに立っていていいの?確かになんとか、っていうアイドルには似ていたかもしれないけど、だけど、こんな嘘つきみたいな事やってて、いいの? こんなこと、引き受けるんじゃなかった。そんな思いさえ浮かんでくる。 ぽんっ。 不意に、誰かが私の肩を叩いてきた。何時の間にか横に立っていたその人は、テレビで何度も見たことのある顔だった。 「大丈夫、そんなに緊張しなくてもいいよ。ただここに立って、口を動かすだけでいいんだ。あとは、スタッフのみんながうまくやってくれる」 その人は微笑みながら、そう言った。 励まして、くれたのかな。ただの貧乏娘な私に。 そう思うと、なんだか、体の力が抜けてくるような感じがした。緊張が薄らいできた証拠なのだろう。 10分後、収録が始まった。 緊張感は既に無かった。あるのは、勝手に動いている体と、無意識に出てくる……声。 マイクのスイッチが入ってない事は分かっていた。歌詞通りに口を動かせてない事も、なんとなく分かる。でも、なぜか、自然と声が出た。 いつの間にか、私は、この短い夢のような時間を、精一杯楽しもうとしていた。だから、声を出していたのかもしれない。誰にも届かない、精一杯の叫びを。 そして、収録は終った。短かった、私のシンデレラストーリーと一緒に。 今日も私は、コンビニ弁当を片手に、狭いボロアパートで夜のひとときを過ごしていた。 あの、夢みたいな体験から何日かが過ぎ、本当にあれは夢だったんじゃないかと思えるようになった。 そう、あれは夢。私が勝手に思い描いていた、勝手な夢。でも、本当にそうだとしたら、私って本当に小心者なんだな、って思えてきた。どうせ夢なら、もっと派手な夢にすればよかったのに。 ふと、つけっぱなしになっているテレビに目が行った。 そこに写っていたのは、私だった。顔は化粧に埋もれてて、おまけにカメラ位置が遠くからのショットだけなのでわかりにくかったが、衣装やセットには見覚えがあった。 「夢じゃ……ないんだ……よね」 そう、夢なんかじゃない。でも、私の声はどこにも届かない。スタジオの中にも、テレビの向こうにも。あの大きな夢の箱から、私の心の叫びは届く事はないのだろう。 そう思っていた矢先、けたたましく電話のベルが鳴り響いた。 夢じゃない、本当のシンデレラストーリーの始まりを告げる、開幕のベルが。 <END> |
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