ショートショートバトル 5KBのゴングショー第136戦勝者
岡谷
ある時計塔の上で。 探偵である俺は、犯人である彼女と、対面していた。 彼女の犯した罪は、殺人。 彼女は、自分の家族を次から次へと殺した。 俺は、怯えた家族達に雇われた。 そして今、俺は彼女を犯人と突き止め、追い詰めようとしていた。 『暗黒星』 知っているだろうか。 江戸川乱歩が書いた小説。 復讐のために、ある家の娘と自分の娘を取り替え、そして自分の娘を復讐者として影から育て上げ、復讐を遂げていく・・・・・・。 それが、『暗黒星』という話。 そしてまた彼女も、『暗黒星』だった。 ・・・・・・彼女の本当の母親は、この家の主人と不倫していたそうだ。 そして。 捨てられ自殺したという・・・・・・。 妻を深く愛していた父親は、その時、復讐を誓ったそうだ。 そして、復讐は始まった。 ・・・・・・自分の娘をその家に送り込み、殺させるという方法で。 父親は、『自分と妻』からの復讐をしたかったに違いない。 彼女は不倫で出来た子ではない。 俺も色々と調べてみた。 ・・・・・・間違いなく彼女は、彼らの子だった。 時々、影で会いに来る本当の父親の手によって、彼女は復讐者に育てられた。 彼女は忠実に、そう育った。 そして、彼女は・・・・・・。 ふと、われにかえった。 時計塔の上。 俺は彼女を追い詰めようとしているのだ。 そんな瞬間だった。 彼女が言葉を発したのは。 「・・・・・・私はこの家の娘として育ったわ。でも、この家の本当の娘じゃないの。それどころか、送り込まれた復讐者。この家の人を殺していくようにと、本当の父親から教えられてきた」 俺は黙って彼女の話を聞く。 「この家の人は、私を本当の娘と思っていたでしょうね。お父さんはいつも優しかった。お母さんはいつも暖かかった。お兄ちゃんはいつも可愛がってくれた。弟はいつも慕ってくれた」 彼女は、遠い目をして、話を続けた。 「・・・・・・本当は、昔のコトなんて、私は分からなかった。私は何も知らなかった。父親のコトも、母親のコトも、お父さんのコトも、お母さんのコトも」 話は続く。 「ねえ。探偵さん」 「何だ?」 「『偽者とも知らず愛情をくれる家族』、『実の娘だからこそ復讐者に育てた父親』 ・・・・・・私を本当に愛してくれていたのは、どっちだったのかしらね」 ・・・・・・俺は、何も言えなかった。 そして、彼女は走り出した。 その身を、時計塔から投げるために。 俺は間に合わなかった。 俺が見た彼女の最後の姿。 落ちていく彼女。 その目からは、涙が・・・・・・。。 彼女の最後の言葉を、俺は聞いた気がした。 『本当は、暗黒星になんて、なりたく、なかった・・・・・・』 その事件から、もうずいぶん時間が経った。 俺は今も、探偵を続けている。 あの時の問に、答えは出ていない。 『・・・・・・私を本当に愛してくれていたのは、どっちだったのかしらね』 そして、あの言葉を思い出すたび、俺は胸を締め付けられるような思いがする。 『本当は、暗黒星になんて、なりたく、なかった・・・・・・』 彼女を思うと、悲しくなる。 きっとこの先もずっと・・・・・・。 |
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