ショートショートバトル 5KBのゴングショー第126戦勝者
えりねすぱ
さいしょ見たとき、人間じゃないと思った。人間にしては美しすぎる。きゃしゃな手足、すらりとした体にあわせて作られた、美しい戦闘服。愛らしいおかっぱの黒髪が、眠り顔のよこでゆれている。 そう、出会いはとつぜん、その道ばたでふってきた。 これが噂にきく、超高級アンドロイドか。政治家か汚い金をもつ者でなければ買えないという、戦闘用と愛玩用をあわせもつ女性型ロボット。どこかから盗まれて、ここに放っておかれたのだろうか。そのとき、ロボットの少女が目を覚ました。 ロボットは、はじめて見た人間を、主人だと思うらしい。「マスター!」可憐な顔で少女がおれに抱きついてきた。なんていうことだ、こいつはまだ、すりこみされていない、生まれたてのロボットだったのか! おれは何とか、そいつを放そうとしたが、むだだった。そいつはぴったりとおれにくっついてきた、おれはせいいっぱい、抗議したつもりだ、「おいおい、おれはロボットが買えるような金持ちじゃないんだ。しがない学生さ、あんたのほんとのご主人さまが見たら、なんて言うかわからないじゃないか。さあ、放せ!」 しかし少女は、「いいえ、マスター! ほんとのご主人さまはほかにはいませんわ! わたくしこれから、命にかえてもあなたを守ります」などと、かわいいことを言うのである。いい気になりそうになるけれど、彼女をとりもどしに、すぐに怖い人たちがやってくるにちがいないのだ。「おい、ほんとにやめてくれ! 超高級ロボットを盗んだと知れたら、ほんとに殺されてしまう! おれが殺されてもいいのか? さあ、放せ」少女はやっとおれの体を離した、そして可憐な瞳でおれを見上げた。 車の音がした、またたくまに、おれたちはとりかこまれていた。少女は戦闘服から銃をとりだして、両手にかまえた。車から黒服の男たちがおりてきて、おれたちを見た。「すりこみをされてしまったか! まあいい、記憶を消せばいいだけの話だ。おい、おまえ。そのロボットをこっちによこせ」ちらりと少女のほうを見ると、少女は警戒心もあらわに黒服たちをにらみつけ、銃をかまえて立っている。おれはせいいっぱい、やさしくこう言ったつもりだ、「さ、帰りな。ほんとのご主人さまのところへ。いい子だから、この人たちについていくんだ」 少女が涙をたたえた、そこでおれは何も言えなくなってしまった。黒服たちが銃をとりだしておれに向けた。少女のレーザーガンが火をふいた。黒服たちをふきとばし、車ごとふきとばし、あらかた敵をかたづけてしまうと、少女はおれの手をとって走り出した。といっても、ロボットの彼女の足におれがついていけるはずもない。すぐに息をきらせてしまった、すると、彼女はそのきゃしゃな腕に、怪力をひめたそのきゃしゃな腕に、かるがるとおれをかかえあげて走り去ってしまった。 そして街をみおろす丘のうえで、彼女はおれと向きあっていた。うるんだ瞳が何かをうったえかけているかのようだ、「どうした?」おれが言うと、彼女は地面にひざをついて、それからどうしたと思う? 胸のボタンをはずしにかかったのだ。白いブラウスの下から形のいい胸がのぞきかかる、おれはあわてて言う、「おいおい、やめてくれ。なんてプログラミングをされているんだ! そんなことのために、おまえは作られたっていうのか! やめてくれ、さあ、立ってくれ!」 彼女にはおれの言うことが、今ひとつわからなかったらしい。胸をはだけるのはなんとかやめてもらえたが、悲しそうに地面に視線をおとし、そして言うのだ、「わたくしのこと、きらいですか?」そういう問題じゃないだろう、そう言ってから、おれはこいつが戦闘用だけではなく、愛玩用でもあるのを思い出す。こんなふうにプログラミングされていたって、ちっともおかしくはないのだ。けれど、こんな見知らぬ人間に向かって、信頼できるかどうかもわからない人間に向かって、胸をはだけるなんて。腹立たしいのは彼女だけでない、こんなものを作った人間たちもだ。 「わたしはあなたが好きです、マスター。たしかにわたしはロボットです、でもわたしには、まるっきり心がないというわけではないのです。わたしは、あなたが…」そのとき、彼女が気配を感じて立ちあがった、そして渾身の力をこめておれをつきとばした、「あぶない、はなれて…」茂みの奥からレーザーが放たれ、彼女の胸をつらぬいた。彼女の戦闘機能は停止した。おれはつきとばされ、地面になげだされながら、彼女がゆらりと倒れて動かなくなるのを見た。それからおれは彼女にかけよったが、彼女の瞳は冷たく開かれたままだった。茂みの奥から黒服の男たちがやってきた。そして、彼女の動かない体をかかえて運びはじめた。 おれはぼうぜんと立ってそれを見ていた。彼女の動かない体が運ばれていくのを。「気になりますか?」黒服のひとりが言う、この人がリーダーなのだろうか、「殺したわけじゃありませんよ。ただ、記憶は消されなければなりません。そうでなければ、彼女は自分の持ち主を認識できないのですから…」車がやってきた、彼女の体がそれに乗せられた、「持ち主?」おれはききかえした、黒服が言う、「そうです。マスターと彼女が呼べるのは、ただ持ち主ひとりなのです。それ以外の人間を、彼女はマスターと呼んではならないのです」記憶を完全に消してしまう? そんなことできるのだろうか。できるのだろう、彼女はロボットなのだから。そう思おうとした、けれど彼女の言葉がこびりついていた、「わたしには、まるっきり心がないというわけではないのです…」 |
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