ショートショートバトル 5KBのゴングショー第99戦勝者

「灯籠流し」

睦月真琴

紀子とはもう7年の付き合いになる。
世間一般では結婚していてもおかしくない年齢かもしれない。
二人の間にも何度となく結婚を匂わす話は出ていた。

昨日は紀子の32歳の誕生日。またそのような言葉が口に出た。

「ねぇ、正樹も来月34歳だよね。私とのことどう考えてるの?
 私、おばさんになっちゃうよ?」
「え?・・・紀子はまだ若いよ・・・そう言うのまだ実感わかないなぁ・・・」

紀子の温和な性格はそれ以上深く問いただしてこなかった。

紀子のことをどう思っているのだろう。
付き合い始めた頃は一緒にいるだけで胸がときめいた。楽しくて仕方がなかった。
でも、今は空気みたいな存在というのが正直なところ。
一緒にいてあたり前の存在。

なぜ結婚しないのか? なぜか結婚というものに意味を感じなかった。
今のままでは駄目なのであろうか。結婚が男のけじめなのであろうか・・・

今日は夏花火を見に東京から電車で3時間ほどのN市にある小さな町にきている。
花火は夜からであったが、昼前には着くように出かけてきた。
せっかく来るのだからとうこともあったが、昨日の会話の埋め合わせのような気持ち
もあった。

駅を降りるとセミの声が鼓膜を震わせた。
日差しは強かったが、暑さは幾分やわらかく感じられる。
山間のちょっとした避暑地といったところであろうか。

名物と垂れ幕が掛けられた手打ち蕎麦屋に入り、夜までの行動を決めることにした。
水が綺麗な町なのであろう、普段食べる蕎麦とは一味違う。
おいしい、おいしいと言って笑顔で蕎麦を食べる紀子はいつもと変わらぬ様子だっ
た。
昨日のことはもう何とも思っていないのであろうか。

午後からは、川下りとハイキング感覚で登れる山を楽しむことにした。

川下りの木舟は渓谷の合間を思ったより速いスピードで流れた。
皆を和ます船頭さんの弾んだじゃべり、皆に笑い声混じりの悲鳴をあげさせる水しぶ
き。
子供のようにはしゃいだ。
こんな時、紀子は何を思っているのだろう。
心の底には、はしゃぎきれない何かを感じているのであろうか。

川下りを終える頃、大粒の通り雨が降り出した。駆け足で庇のある店先にかけ込む。
紀子が濡れた髪を拭いてとハンカチを差し出す。正樹の分も必ず持っていた。
ハンカチひとつ持ち歩かない俺のことをどう思っているのだろう。
もう慣れっこで何も感じないのだろうか。

20分程で雨はやみ、日に焼けたアスファルトから熱せられた雨が蒸気する。
雨で足元が気になったが、山の頂上を目指すことにした。
頂上へはゆっくり歩いても1時間程のなだらかな道で、運動不足の体にはちょうどよ
かった。

山道は水はけがいいようで適度な湿り気が足に心地よさを与え、野鳥のさえずり、
木や土の香りが自然を満喫させる。
先ほどの雨が味方してくれたようで、広がる空に大きな虹がかかる。
虹を見たのはどれくらい振りだろう。紀子も自然の妙に声をあげて喜んだ。
こんな時、紀子は何を思っているのだろう。
何か願い事でもしたくなる心境なのであろうか。

山を下りて川辺の花火会場へ着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
会場中にめぐらされた提灯が夏風に揺れ、暗闇の中に幻想的な空間を演出している。

「花火に先立ちまして、地元の人たちによる灯籠流しを行ないます。
 皆様も一緒に流れゆく灯籠に祈りをささげましょう」

場内アナウンスが流れ、色とりどりの小さな灯籠が流され始めた。
ひとつひとつに祈りが込められた明かりが灯され、水面をゆらゆらと流れゆく。
たくさんの魂が数珠つなぎに彼方へ逝き去るかのように・・・
美しく安らかな時間が流れた。

灯篭を見つめる紀子が小さな声でささやいた。

「今日の正樹ってなんか変だったよ? どこか具合でも悪いの?・・・大丈夫?」
「え?・・・そう? 何ともないよ。 いつもと変わらないと思うけどなぁ・・・」

紀子は俺のことをすべてお見通しのようだ。
今日の俺は紀子の心の中のことばかりを考える一日だった。
心の奥のほうで不思議な気持ちが動めいていた。

灯籠の明かりでぼんやりと浮かびあがる紀子の横顔を見る。
子供のような純粋なまなざしで灯籠を見つめている。
とてもいとおしく思えた。

「ねぇ、正樹。手を合わせて祈りをささげようよ」
「え?・・・うん、そうだね」

紀子は手を合わせ、目を閉じた。

紀子はいつも僕のそばにいる。
あたりまえになってしまって、その存在の大切さを見失いそうになっている。
紀子がいないと生きて行けない? そんなことはないかもしれない。
でも、それくらい必要な存在になっていることは確かなこと。
一緒にいれればそれでいい?
いや・・・、ずっと見つめていてほしいし、いつも見つめていたい。
思う気持ちのこもった温かいまなざしで。

「はぐれずにみんな仲良く天まで昇れますように・・・」

目をあけた紀子が夜空を見上げてつぶやいた。
その瞬間、大きな花火が打ち上げられた。紀子の祈りに魂たちが答えるかのように。

「うわぁー。正樹、みんなちゃんと天に昇れたみたいだよ!」

笑みを浮かべる紀子の瞳は花火の明かりに照らされキラキラと輝いている。
少し潤んでいるようにも見えた。

肩を抱き寄せ頬にキスをした。
突然のことでビックリしたようだが、口元に照れた笑いを浮かべ胸元に頭をうずめて
きた。
紀子の髪の香りがする。
安らかで心地のよい温もりも伝わってくる。

紀子の手を握る。柔らかな手。

「ねぇ紀子・・・、この手、いつまでも離さなくていい?」
「えっ?・・・うん、正樹がずっと握っていてくれるなら・・・」
「はぐれずに仲良くずっと一緒にいたいな。紀子に出会えてよかったよ。
 ・・・紀子はどうなのかなぁ・・・」

紀子は何も言わず、力強く手を握り返してきた。
か弱い力ではあったが、それだけで紀子の答えは充分に伝わってきた。

たくさんの花火があがり始めた。
まぶしいくらいの輝きが空いっぱいに広がり、二人を包み込む。

それは、魂たちが二人のこれからを応援するかのようであった・・・


END


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