ショートショートバトル 5KBのゴングショー第98戦勝者
三四郎
若者が山道を歩いている。 腰には刀が二本、抑えきれない剣気が若者を包んでいる。 木々は若者を外界から閉ざすようにその頭を垂れている。 しばらくすると、若者の歩は止まった。その眼前にはひとつの門。古びていて妙な威厳を保つそれは、周りに異様な空気を放ちながらそこにあった。 「お主、何しに参った」 暗がりから声が聞こえた。声が聞こえてもなお、姿が見えない。 「強くなりに来た」 門を見据えたまま、若者は言った。 「それなら見当違いじゃ。帰るが良い」 がさっ、と音を立てて"声"が姿をあらわす。みすぼらしい坊主であった。 「坊主、お主に何がわかる」 「坊主とな。ふむ、確かにわしは髪はないが、坊主とは違う」 「ならば、何者。何故ここにいる」 「この門、『訃音門』を守ってきた。代々な」 坊主は寂しそうに門を見上げた。 「中には何がある」 若者は坊主の視線を追うようにして門を見つめる。 「知らぬ」 「ならば、門を守ってきた事は嘘か」 「嘘ではない。わしも門の先を覗いたこともあった。じゃが、広がるのは闇だけじゃった」 軽い嘆息をつくと、坊主は地面に腰を下ろす。 「ただひとつだけ言っておこう。この門はその名の通り、死を告げてきた。これまでも、そしてこれからも」 「なれど俺はこの門をくぐらねばならぬ」 その言葉には、曲げる事のできない信念がこもっていた。 「なぜじゃ! お主はこの門の先に何があるかも知らないのじゃろう」 「この門が俺を呼ぶ。それに応えねばならぬ。そこで死ぬのならば、俺もその程度の男と言う事だ」 若者は坊主の喝を、水のように緩やかに受け止めた。 しばらく時が止まったような沈黙が、門を包んだ。 坊主が不意に笑い出した。若者も虚をつかれたのか、目を見開いて坊主を見つめる。 「馬鹿じゃのぅ。お主も。ここをくぐった者と同じ事をいいよる」 「馬鹿は生まれつきなんでね」 若者も頬を緩ませた。 「だがな、ここをくぐった者でもう一度この門より戻ったものはひとりも、ない」 若者は坊主の真剣な顔に一瞬おどろいたように目をしばたいた。が、その顔も直ぐに穏やかな笑顔へと変わった。 「それを聞いて安心した。もとより後戻りなどする気は無い。この門をくぐったら先にすすむのみだ。この門に戻る事など、ない」 「ふ……本物の馬鹿か……」 「だから、生まれつきと言ったろ」 「そのようじゃの」 木に遮られた微かな太陽を見つめ、坊主は笑った。 若者は坊主を軽く横目で見ると、門の下へと立った。 「坊主、門を開けろ」 「わしはただ門を見つめるだけだ。開けるのはお主じゃ」 坊主は無気味に笑うと、若者のそばへと近寄った。 「ち……使えねぇ坊主だ」 「行ったじゃろう。わしはただの門番じゃて」 悪態をつきながらも若者の手は訃音門へと向かっていく。 ミシッ……。 長年開いてなかったのか、重い音を立ててゆっくりと門が動く。 門が一寸ばかり開いた。 刹那――風が、吹いた。 門の中から暗く、冷たい風が。 門が人の侵入を拒んでいる。 「へっ上等じゃねぇか」 ふんっ、と気を入れると若者は思いっきり門を開いた。 門が勢いよく開け放たれた。 「すげぇ……」 若者はあっと息を飲んだ。 「なんじゃ」 坊主は顔に疑問符を浮かべ、ただ立っている。 坊主の目に映るのは溶けるような漆黒の闇のみである。 しかし、坊主は気付いた。 「お主には見えたのか……」 坊主はただ一点、闇を見つめ言った。 「あぁ。光り輝く道が……な」 そう言うと若者は歩き出した。 坊主に若者を止める術は無い。 もとより老いたる者は若者の成長を、見守るしかできないのだろう。 「ひとつ…………ひとつ、問おう」 老人は闇に同化しつつある若者に向かって叫んだ。 「主……主の名前は」 若者は振り返らなかった。 その口が微かに動いたように見えた。しかし、それも闇へと霧散していく。 門番はただ一人残されたいた。 山道の門の前に。 寂しげなその背中からは、時の奔流に取り残されたような悲しさが伝わってくる。 そして、門番は一歩ずつ進みはじめた。 決して進むことのない道の、先へと進むために――。 その時、門番の目になにが映っていたか、知る者はいない。
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