ショートショートバトル 5KBのゴングショー第96戦勝者

「名前」

セコム

彼は平凡な会社員。小さいころから何をやっても平均的なかんじで、特にこれといっ
た成功もなく、かといって人生を狂わせてしまうような大きなミスをすることもなく
すごし、そして必然的に中堅の会社に入社し、そして同期とくらべても
ちょうど真ん中くらいの業績をおさめていた。顔もこれまた普通のこれといって特徴
のない顔で、身長も平均くらい。
独身であった。つまり、本当に平凡な人物であった。

そんな彼がある日、会社の帰りに飲み屋によったあと、すこしぼーっとする頭で路地
裏をあるいているとき一人の男が
占い師のよう格好をして椅子に座っていた。

名前、貸します

目立たないがしかし、しっかりとそう紙に書いてかかげてあった。彼は酔っていたか
らかもしれない。少し興味をかきたてられ、その男に話し掛けてみた
「名前貸すってどういうこと?」
男は答えた。
「はい、そのままでございます。名前が人の人生を決定するのでございます。ですか
ら、一時でも良い人生が送れるよう名前を貸し与えるのが私の仕事でございます」
彼はいっそう興味をもち、また尋ねた
「じゃあ、おれも今の平平凡凡な生活をすてられるってわけ?」
「はい、簡単にいうとそうでございます」
「じゃあ頼もうかな」
「では、ここにあなた様のお名前を書いて、私にあなた様のお名前をお預けくださ
い。」
彼は男から差し出された紙に自分の名前をかいた。
「では、これが今日からのあなた様のお名前となります。」
男はそういってもう一枚の紙に何かを書いて彼に差し出した。そこには新しい彼の名
前が書いてあった。
「期間は1ヶ月でございます。」男はそう言った
「期間って・・・。わかったよ。御代は?」
「あなたさまのお名前が料金のかわりでございます」
変なことをいうやつだと彼思ったが、男のほうを男のほうをもう一度見るとそこには
もう、誰もいなかった。変に思ったが彼は新しい名前の書かれた紙を内ポケットにい
れ、家に帰った。そのときは変わった占いでも受けたような気分だった。

そして次の朝彼はいつも通り会社に出勤した。最初に名前を呼ばれたときは自分だと
彼はぜんぜん気づかなかった。、ホントに名前が替わっていることに気づくと彼は
びっくりしたが、上司は何事もなかったかのように彼にいつもとは違う仕事を任し
た。そして、その後、その仕事はこれまでにないくらい成功し、いつもの彼とは違う
かんじになった。「名前のおかげか?」そうも思ったが、成功したと思ったらまた次
の仕事を任され、忙しさの余りそう思ったことも忘れてしまった。またその仕事も成
功した。彼は自分の人生が変わったと感じた。男のことはあっという間にわすれてし
まった。
そして次々といろいろなことを彼は任され、その度に仕事も大きなものへとなって
いったが不思議と彼はそれをこなしていった。

万事がうまくいきながらあっという間に1ヶ月が過ぎてしまった。1ヶ月が過ぎた次の
日、朝早く彼は出勤すると会社の警備員に呼び止められた。
「こんな朝早くなにか御用ですか?」
彼は変におもった。
「なにを言ってるんですか。僕はここの社員ですよ。仕事しに来たにきまってるじゃ
ありませんか。」
話したことはなかったがその警備員とは毎日顔をあわせているので、顔を覚えられて
いないはずはなかった。しかし、警備員はなおも不信な目で彼を見て
「では、所属されている部署と名前を教えてください。」
「いや、なんでそんなことを・・・。まぁいい。それでことがすむのでしたら。」
彼はいやな気分になった。当然のことだろう。
「僕は△△部の・・・・・」
部署の名前はでてくるだが、自分の名前が出てこない。彼はもう一度言いなおした。

「△△部の・・・・・」
やはりダメだ。そして警備員に追い出され、彼は途方にくれてしまった。どうしても
名前がでてこない。そして、ふとあの男のことを思い出した。ならば、前の名前は・
・・・・やはりでてこない。

友達にも電話してみた。
「もしもし。僕の、あの・・・・・」
「はい?」
「あの・・・僕の名前教えてください」
「は?」
「僕の名前教えてください!!」
ツーツーツー
電話は切られてしまった。当たり前だ。両親にも電話してみたが同様だった。
おぼろげな記憶を無理やり引き出しながらあの路地裏に行ってみたがあの男がいるは
ずもなかった。いよいよ途方にくれて内ポケットをさぐっているとあの紙がでてき
た。名前が書かれているはずの紙が。
しかし、それは白紙だった。何も書いてないのだ。確かに新しい名前がかいてあった
のに・・・

彼は名前がなくなってしまったのだ。


「あなたさまのお名前が料金のかわりでございます」


あの男のいったことがわかった。そしてあの男がこうもいってたことを思い出した。



「名前が人の人生を決定するのでございます」


では名前がなかったら?名前がなかったら人生も「ない」と決定されてしまうのか?
名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前名前・・
・・・・・


彼は自分のことを考えてるうちに、自分が誰なのかわからなくなってしまった。なに
をもって自分の存在を証明するのか?
考えてる内に彼の体は霧のように薄く透明にかすんでいった。限りなく薄く、限りな
く透明に。
彼は消えた。

彼の名前を知るものはだれもいない。誰も・・・


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