ショートショートバトル 5KBのゴングショー第88戦勝者

「Nさんの彼女」

桜町

 Nさんはカッコイイ。目鼻立ちはどうってことはないのだけれど、背が高くて、足が長い。手も長い。話術も巧みで、頭も良い。覚えんでええ雑学を知ってるだけや。勉強は昔からあかんけどな、とNさんは笑う。Nさんがいるだけでその場が華やかになる。それになにより、面倒見がよい。男にでも女にでもだ。だけど面倒見がよすぎて、ときどき余計なところまで手を出して、ややこしいことにもなることもあるらしい。特に女の人に対しては。それでもNさんは慕われている。

 いつもの飲み会にNさんが女の子を連れてやってきた。
 遠慮がちに、それでいて当然といったような感じでNさんの陰に隠れるようにして座っている。Nさんの彼女。意外と地味な子だった。良く言えば楚々として慎ましやかな女性というのだろうけど、地味だ。陰気くさい。あんな子がタイプだったのかあ、と悔しく思う。人気者のNさんは癒しを求めていたのかもしれない。ひょっとして周りにいないタイプだからちょっとつまみ食いという類なのかもしれない、と意地悪く見ていたら、会釈された。透き通るような肌と長い髪になんともいえない色気があった。黒目がちな大きな目に見つめられると女のあたしでもゾクっとした。

「Nさんの彼女って妙な色気があるね」と遊び仲間のカオリに耳打ちすると、「あんた何いってんの? アタマおかしいんじゃないの?」と馬鹿にされてしまった。みんな認めたくないんだな。憧れの人の彼女を。
 だからといって、おしぼりやビールグラスをわざとNさんの彼女に出さないのは酷いと思う。そんな嫉妬はみっともない。Nさんの彼女をちらり見ると、まったく気にしていない様子だった。Nさんのそばにいることがただ嬉しくてしかたがない、といったような感じだ。

 羨ましいと思った。あたしはずっとNさんが好きだった。どうにかして親しくなりたいと思ったけれど、飲み会の仲間に加わるのが精一杯で、まともに一対一で話すらしたことがない。飲み会の時だって隣どころか同じテーブルにつくことさえできない。テーブルの向こうでおきる華やかな笑い声につられて笑うぐらいだ。

*************

 その日、珍しくNさんは彼女を連れていなかった。だからといってNさんの様子に変わりはなかった。いつものように居酒屋で飲んで、そのあと馴染みのクラブへ行こうか、という話になった。いつもあたしは二次会くらいまではついていくのだけれど、急に気分が悪くなって行くのを断念した。ものすごい悪寒がする。

「大丈夫か? 俺が送るよ」
 Nさんだった。
 Nさんの彼女がいないこともあって、あたしはNさんに甘えることにした。
 Nさんは優しい。Nさんは面倒見がよい。Nさんは・・・・・・。

 どっちが誘ったのか、わからない。
 悪寒のせいにしたのかもしれない。前から好きやったんや。とNさんが囁いた気もする。
 ホテルに入るとき、Nさんの彼女が見えたような気がしたけれど、気のせいだ。

 しあわせだと思った。エリコ、エリコとNさんはあたしの名前を何度も呼んだ。Nさんは少々暴力的な行為をしたけれど、そんなの平気。愛されている証だもの。Nさんが求めることならなんでもできる。息が止まるかと思うほど力強いNさんが好き。

 Nさんの彼女になりたいと思った。ううん、Nさんのそばにいられるだけでいい、と思った。


「仲間がふえてうれしいわ」
 はっきりと声がして、見ると、ぐっすり眠るNさんの足元にNさんの彼女が立っていた。いや、立っているというより、浮かんでいた。
 恐怖を感じなかったのは、Nさんの彼女が柔らかな表情をしていたからかもしれない。


 あれからあたしは、ずっとNさんのそばにいる。
 いつもの飲み会にももちろんNさんに寄り添いながらついていく。

「最近、エリコ来ないわねぇ」とテーブルの向こうでカオリが言った。
 カオリはあたしに気がつかない。ビールやおしぼりもあたしの前には置かれない。それでもいいんだ。Nさんのそばにいられるだけで。そばで見上げるNさんはやっぱりカッコイイ。

 Nさんを挟んでNさんの彼女が座っている。Nさんの彼女はあたしを見てにっこりと笑った。思えばあたしもNさんの彼女なんだ。
 今度、向こうの彼女に名前を教えてもらおう、と思った。
 

 

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