ショートショートバトル 5KBのゴングショー第87戦勝者

「小指」

ひなぞう大統領

がつん。「うおっ、いってえ!」

 タンスの角に、右足の小指をぶつけた。

 誰しも1年に一度くらいはあることだろうか?いや、普通の人だと、それ以下か。とにかく、そう度々あることではないので、非常に不幸な日といえよう。しかしボクは、少なくとも2ヶ月に一度くらいはぶつけてしまうのだ。まあ、しばらく声を出さずにしゃがんで脂汗を流しておけば、そのうち痛みは治まる。この時もそう考えていた。

 「いってえじゃねえかよ、コンチクショー!」

 どこからか、甲高い声が聞こえてきた。非常に近くから。

 「おっ前、いままでじっと我慢してきたけど、よくまあそんなにガンガン何度もぶつけてくれるもんだぜ!!」

 この部屋にはボクしかいない。今年で予備校2年目の、小さなアパート。父からの仕送りに全てを頼っている、今のボクの城だ。

 「今日のは特別いてえぞ、なんで他にもいるのに、毎度毎度俺ばっかりなんだ!」

 地方から出てきて、予備校も2年目になるけど友達も少ない。予備校では声を掛け合ったりするけど、今まで1度もこの部屋に友人が来たことは無い。もちろん、彼女なんていない。

 「まだわかんねえのかよ、このウスノロ。お・れ・だよ、ぶつけられた俺が言ってんだよ!!」

 なんだか、気が動転してきた。そんなことって、あるの?

 「ああチクショー、そんなてめえの間抜け面みてると吐き気がしてくるぜ。これからも何度もこんな痛みに耐えなきゃいけないのかよ!普通よ、こんなこと月に2度もやんねえぞ!」

 そういえば、今月はこれで2度目だったかも。

 「けっ、そんなことも覚えてないのか。その信じられない記憶力で、大学なんて受かると思ってんのか、このウスラトンカチ。てめえなんざ、さっさとこんな薄汚いアパート引き払って、オヤジの手伝いでもしてろよ!まあ、とはいってもオヤジもウスノロのおまえに仕事なんて手伝って欲しくないから、苦しい経営なのに必至で仕送りして別の進路を見つけてほしいと思ってんのかもしれないがな。悲しい望みだぜ、この間のことも覚えていないこんな間抜けが自分の息子なんてな」

 確かにボクは、昔から勉強はできなかった。クラスでも下のほう。でも大学に行きたかった。目的があるわけじゃないけど、なんとなく憧れて。

 「大体よ、タンスの配置が悪いんだよ!こんな入り口のすぐそばに置いとくな!使い勝手は悪いし大体、てめえ一人暮らしのくせにこんなでっけえタンスが必要なのか!家具屋できれいな姉ちゃんの口車に簡単に乗りやがって、むこうは商売なんだよ!てめえみたいなウスノロは絶好の獲物なんだよ!」

 やさしく話し掛けてくれた、家具屋のあの子。大学生で、バイトだっていってたな。一緒の大学に来れるといいですねって。

 「ひょっとしてお前、あの子が自分に気があるとでも?かーッ、手におえないぜ。あんなかわいい子が、てめえみたいなチビデブメガネ相手にすると思ってんのか。鏡を見てみろ、鏡を!俺が女だったら、お前なんて死んでもいやだ!」

 ----段々、腹が立ってきた。

 「ああ、痛い痛い。今日のは特別いてえぞ。お前の感じる痛みより、ぶつけられた俺の方が何倍も痛いなんて、知らねえだろ。なあ、頼むからそのイカレた反射神経をどうにかしてくれよ。動物だってな、一度痛いと思ったら、そうそう何度も同じことは繰り返さねえぞ。なんでまた俺は、こんな動物以下の野郎の小指に生まれついたんだろ」

 ----そんなの、知らないよ。

 「それによ、頼むからクツシタは3日に1度は最低でも代えてくれ!自分では気づいてないかも知れないがな、お前の足のニオイは最悪だぞ!そのたまんねえ臭いで、予備校じゃ周りのみんながどんなに鼻つまんでるか知らなかっただろ、鈍感なお前は!」

 ----そう、なの?

 「家具屋にいったときなんて、1週間もクツシタ代えてなかったんだぞ!タンス売ったアノ子もかわいそうによ、そんなくせえお前に愛想ふりまかなきゃいけないなんてなあ。まあまんまと口車に乗るお前が一番悪いがな。きっとあの子も心の中で「世の中にはこんな間抜けでひどいくて臭い男もいたもんね」って思ったに違いないな。あんな若い女にまんまと手玉に取られるんだから、これから将来一体どうなるんだ?」

 ----そんなこと・・

 「今のオヤジが元気なうちは何とか食わせてももらえるだろうけどよ、てめえ一人になったらどうなるんだ?生きていけるのか?バイトもしたことない、大間抜け、鈍感、臭い、そんなお前を雇ってくれる会社なんてあるのかね?」

 ----なんで、自分の小指にそんなこと言われなきゃいけないの?

 「もうさあ、やめちゃったら?そうだよ、やめろよ!この辺でお前が人生やめてくれちゃったら、俺ももうこんな痛みや臭さに耐えなくってもいいし。ホントに今後もこんなことが続くかと思うと、もうやるせないんだよ。ほらほら、そこの柱。なんとか、お前の息が絶えるまではもってくれそうじゃない?」

 ----台所。

 「おお、そっちに、この部屋に引っ越してきた荷物を解いたヒモがあったけ。丸1年もそれをほったらかしにするお前もほんとダメなやつだよなあ」

 ----包丁。

 「んっ、おお、そんなダメなお前でも、最期はいさぎいいねえ。そいつで、自分の首をスパっといくか?」

 ボクは、思いっきり自分の右足の小指めがけてそれを振り下ろした。

 「ぎゃっ」

 あっけなく小指はちぎれ、あの甲高い声もしなくなった。少し、気が楽になった。血が流れているので、とりあえず何かで押さえないと。

 びっこをひきながら、タンスのある部屋へ向かった。痛いはずだけど、興奮していてあまり感じない。めまいがしそうだ。

 がつん。

 右足の親指をタンスにぶつけた。興奮していたし、目がくらくらしていたのでかなりの勢いだ。

 図体にあわせて、さっきより低い声がした。

 「痛いぞこの、ウスノロ野郎!!」 

 

作者のサイト:http://www.cnw.ne.jp/~inatch/index.htm

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