ショートショートバトル 5KBのゴングショー第84戦勝者

「お盆」

ひなぞう大統領

 僕が5歳のときの、暑い夏の日だ。はっきりと覚えている。 
 母が自分の生家へ初めて連れていってくれた。
 母子家庭で、母はいつも遅くまで仕事をしており、母とともに旅行へいける、ということが何より嬉しかった。
 母の生家はかなりの田舎にあり、大きな土間と大きな座敷があったことを覚えている。
 そして、初めて顔を合わせる親戚たちが大勢いて、色々と僕を構ってくれようとするのだが、そういったはじめての雰囲気になれていなかったた僕は、ひたすら大量の料理に注意を向けようとしていた気がする。

 「やっぱり、お盆さんはいいねえ。盆と正月というけれど、最近は正月はめっきりみんなも帰ってくれなくなったし」

 僕のおばあさんという人がいう。

 「お盆さんって、何?」

 正月はわかる。僕は、隣の母に問う。

 「親戚のみんなが、生まれた家に帰ってくる日のことよ。おばあちゃんのお父さんやお母さん、そのまたお父さんやお母さんも帰ってくるの」

 「え?おばあちゃんのお父さんやお母さん、どこにいるの?」

 僕は、同じ食卓についている親戚の大人たちの中でも、年配者に目を配らせた。

 「今は、もう生きてはいないの。でも、魂が帰ってくるのよ」

 「タマシイ?」

 「ごめん、お前にはまだ難しいわね。いいのよ、そのうちわかる日がくるわ」

 「ふーーーん・・この家で生まれていないと、ダメなの?」

 「うん・・いえ、この家に縁のある人は、きっと帰ってくるわ」

 僕はそれ以上聞かなかった。母子家庭で、毎日仕事を遅く終えて疲れて帰ってくる母。
 その頃から、僕は母に手をかけさせないよう、無意識に物分りのいい子供になろうとしていたのだ。
 
・・・・・生きていない人が帰ってくるんだ・・・・・

 そう理解した僕は、ひそかにひとつのことを楽しみにした。

 大きな座敷の奥の、とても豪華に飾り付けがなされ、この日のためにあつらえられた仏前。
 親戚の皆が集合し、仏前の豪華さに負けないきらびやかな法衣をまとったお坊さんがやってきたのは、それからしばらくしてだった。

 「・・・摩訶般若波羅蜜・・・」

 初めてのお盆に、初めての生で聞くお経。
 今まで自分の感じたことの無い不思議な感覚に、「生きていない人が帰ってくる」ことが尚更当然のように思えてきた。

 すると・・・・

 僕達が座っている、大きな座敷の空けられた襖を抜け、ひとり、またひとりと、「生きていない人」が入ってきた。
 そして、僕達が座っている後ろに、キチンと順番に座っていく。
 どうして、「生きていない人」とわかったのか。そして、なぜそれが見えたのか。それは今でも説明はできない。
 ただ、母の言ったことは本当だった、本当に生きていない人が帰ってきた、という感激の念が強かった。
 そして、僕は「ある人」を待ちつづけた。
 しかしお経が終わり、お坊さんがあいさつが終わり、帰ることになっても「その人」は現れなかった。

 その夜。

 母と同じ布団で寝ることになった僕は、母に話し掛けた。

 「お母さん。お母さんのいったように、生きていない人は帰ってきてたね」

 「え?」

 「お坊さんがお経を読むとき、たくさん帰ってきてたよ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「お母さんは、見えなかったの!?」

 「・・・・・・・・・・・・・・うん、そうね。帰ってきていたわ。もちろんよ。だってお母さんが言ったんですものね」

 思えば母は聡明で、色んなことに柔軟に対応できる思考をもっていた人だったのであろう。
 何より、僕が母に対してつまらない嘘をつく子供では絶対にないと分かっていた。

 「でもね・・・・・」

 僕は続ける。

 「どうしたの?」

 母はやさしく問い掛ける。

 「弟は・・弟は、かえってきてなかった。弟を見るのが、とっても楽しみだったのに・・小さいころの写真しか、見たことがなかったから・・・お母さんの子供の、僕は帰ってきたのに」

 「・・・・・・・・・・」

 「お母さん?」

 「そう・・・・そうね、お前の弟はきっと来なかったはずよ・・・」

 まだ小学校にも上がっていなかった僕に対し、ゆっくりと説明をしてくれた。
 それはもう子供に対する話し方ではなかったが、僕にはとてもよく理解ができた。

 弟は死んだのではなく、母が父と離婚をしたとき、父が連れていってしまったこと。
 それ以来、一度も連絡がとれないこと。
 僕の家には父の写真は一枚もない。あるのは、幼く、とてもかわいらしく笑う弟の写真だけだ。
 そんなわけかどうか、母子2人きりの僕にとって、心の底から会ってみたい母以外の「家族」といえば、弟しかいなかった。

  「・・・でも、よかった・・・お前に見えなかった、ということは、お前の弟は今でも元気だ、ということだから・・・・」

 そう言ったあと、母はやさしく僕を抱きしめてくれた。
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 「ふう、暑いね・・・お母さん、大丈夫かい?やっぱり日傘もってくればよかったね」

 8月中ごろ、照りつける太陽のもと、僕は母に寄り添って歩く。

 「いや、大丈夫だよ。ここは、私の生まれたところだから。帰ってきたら、やっぱり元気になるよ」

 「そう。あ、もうすぐだね。お母さんの家が、見えてきたよ」

 母は、初めて会ったときのおばあちゃんよりも年上になった。
 あれから、毎年お盆には田舎に帰っている。
 お坊さんのお経が終わった後、母は必ず僕に問う。

 「弟は、いたかい・・?」

 「ううん、いなかったよ・・」

 3年前から、隣にそっと座るようになった弟は、僕の年に一度だけの嘘を聞いて、満面の笑みを浮かべる母を見たあと、僕に頭を下げ、そして去っていく。
 皮肉にも、僕が初めて会った弟は「その姿」ではあったが、それでも僕は嬉しく、弟も僕と同じ気持ちのようだった。

 僕は心の中で弟に手を振る。

 また、来年な・・・・・・。



 

作者のサイト:http://www.cnw.ne.jp/~inatch/index.htm

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