ショートショートバトル 5KBのゴングショー第74戦勝者

『 少女 』

RIVER FIELD

ある夏の日の夕方、長く感じる一日の仕事を終え、

昨日よりもまたちょっと重い足取りで家路に向かう。

もうすぐ四十に手がとどく男。会社を変わって一年。

一から新しい仕事を覚え直している。

自分のやりたい道を選ぶために会社を変わった。

「こんなはずじゃなかったなぁ・・・」

心の中でそう呟く。



変わった会社は以前に比べ格段に小さかった。

自分より学歴が劣る人間ばかり。自分より仕事ができるとは思えない。

自分の仕事のやり方に誰もついてこれない。イライラすることばかり・・・

仕事も人間関係もうまくいかない。

前の会社に残っていた方がよかったのでは?・・・と、もう一人の自分が顔を出す。

「明日うまくやれるかなぁ・・・」

ため息が出る。

心を癒してくれる相手もいない寂しい一人男。明日の憂鬱な仕事に気をもむだけ。



今日は朝から雨が降っていた。

定時に会社を出た頃は小雨であったが、今はかなり強い雨になっている。

明日まで降り続くらしい。

じめじめした不快な夕暮れ。これは夏だから?雨だから?それとも心のあらわれ?



いつもの帰り道。時間帯の割には車の通りも少ない静かな道。

うつむき加減に歩いているせいであろうか、人の気配もあまり感じない。

孤独感がより一層増してくる。

「駄目だ!胸を張って前を向いて歩こう・・・」

男はゆっくり顔を上げた。



「おや?」

ちょっと先の小さな交差点に少女が一人立っている。

上半身は不釣合いな大きな傘に覆われている。脚をまっすぐ伸ばしてじっと立ってい
る。

小学校低学年くらいであろうか、後ろ姿からそんな感じがした。

「何をしているんだ?」

周りには誰もいない。人も車も通らない雨だけが降り注ぐ交差点。

「誰かを待っているのかな?」



少女まであと数メートルまで近づく。

すると少女が急に歩き始めた。

「なんだ?・・・」



「ふっ・・・、あんな小さな子にまで嫌われたか」

何もかも悪い方へ頭が働く。少女が自分の存在に気づいているはずもないのに。



少女が立っていた場所に立ち止り、前を歩いていく後ろ姿を見つめる。

「あぁ、何もかもが嫌になる・・・」

男は傘を上にかざし、雨の降る夕暮れ空を見上げた。



「あっ・・・・」

男の目が止まった。

青が点滅する信号。

「そうか・・・ただ信号を待っていただけなのか」



男はしばらくそこに立ち尽くしてしまった。

少女の後ろ姿が見えなくなっても、動くことができなかった。



いつもの帰り道。人通り、車の交通もほとんどない道。

いつもうつむき加減で歩く道。

信号の存在など記憶に残っていない。



少女はただ信号を待っていただけ。

車など通る気配のない道の信号を待っていただけ。

たったそれだけのこと。



男はいつも信号など気にしていなかった。

車も来ないのに信号待ちする意味があるのか?

危険もないのになんで立ち止まる必要があるのか?

誰に迷惑がかかる? 誰が困る?・・・・



いつも自分の都合ばかり考えていた。

周りを見下し、自分勝手な行動ばかりしていた。



「おや?天気が良くなってきたかな?」

雨が弱まり、辺りが少し明るくなってきた。

男の心の変化がそうさせたのか、そう感じさせたのか・・・



なんてことのない出来事。誰も気にすることのない出来事。

ただ、一人の男の心に一瞬のさわやかな風が流れただけ。



男の顔には心地よい笑顔が浮かんでいた。





(終)

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