ショートショートバトル 5KBのゴングショー第73戦勝者
レムゴの魔女
突然電話の音が鳴り響いたので、シュンスケはあわててベットから飛び起きた。いつの間にか、うたた寝をしていたらしい。時刻を確認すると、午後の十一時四十五分である。当然ながら、窓の外に見える景色は暗闇だ。 シュンスケは一度大きなあくびをしてから電話の前に座り、おもむろに受話器を取った。 「はい、もしもし?」 一瞬の沈黙…。 刹那、 『あけると爆発するぞ』 電話の相手は一言だけそう言うと、一方的に電話を切った。 シュンスケは硬直する。 …ああっ、ついに俺か…。 最近、日本中…、否、世界中を騒がせている『無差別連続爆弾魔事件』。 この事件は、実に理不尽に満ちた、謎多き事件であった。まず、被害者となる者に必ず一通の電話が入る。話しの内容は『あけると爆発するぞ』の一言だけで、電話は一方的に切られるという。この電話を受けると、被害者となるものは、もう死を逃れことはできない。どの場所にいようと、その部屋のドアをあけた途端に爆発が起き、そばにいるもの共々爆死する運命にあるのだ。 ではもし、その部屋のドア、もしくは窓がもともと開いていた場合はどうなるのか?というと、今度は車のドアを開けたり、弁当のふたを開けたり、缶ジュースのふたをあけたりすると、同じようにして爆発が起きてしまう。もっとひどい場合になると、満員電車の中で老人が立っていたので、親切に席を『あけたら』爆発した、という事例も出ているのである。 こうなると、国家権力である警察の方も手も足も出ない。犯人が誰で、いつどのようにして爆弾を仕掛けたのか?もしくは、被害者を特定する動機は何か?本当にこれは人間の仕業なのか…?しかも、この爆破事件は世界各国で起こっていた。 やがて、誰ともなくこれは神の警告だ、と喚き始めた。増え過ぎた人間を排除するために、神の仕組んだ罠…。それとも神の悪戯…? シュンスケは静まり返った自分の部屋を見渡した。 この電話を受けて生き延びたと言う例は、これまでただのひとつも無い。シュンスケは額の汗をぬぐう。 …考えろ、考えるんだ! まずシュンスケは、この部屋から脱出しようと考える。 …玄関は!? 完全に閉まっている。あれを開ければ、確実にアウトだ。 …窓は!? 窓のほうも完全に閉まっている。それも当然のことで、今は冬という季節なのだから、この時期、窓を開けて寝ているほうが珍しい。 刹那、シュンスケの頭に天啓がおりた。 …そうだ!窓を開けず、『割って』からそとにでればいいんだ! 名案だと思った。窓ガラスだけを割って、外へ出ればいい。 …でも、 ここは、マンションの最上階である。窓ガラスを割って外に出ても、そのままマッ逆さまに地上に叩き付けられるだけだ。 …だめだ、逃げられない。 シュンスケは肩を落とし、うな垂れた。まだ、二十五歳という短い人生しか生きていないというのに、なんと残酷な運命だろう。 このまま部屋でじっとしているしかないのだろうか。しかし、人間にとって『何かをあける』という行動は必然なものであろう。この場でじっとしていても、いずれはトイレにも行きたくなる。そうすれば、トイレのドアを開けなくてはいけない。勿論、腹もすくだろう。そうなれば、冷蔵庫のドアだって開けなくてはいけないのだ。 シュンスケには先ほどの電話が、ただの悪戯であることを願うしかない。 …悪戯? そうだ。ただの悪戯電話かもしれない。そうだとすれば、部屋のドアを開けたところで爆発など起ころうはずがない。 シュンスケは立ち上がり、玄関の前まで歩み寄る。 …人間、いずれ死ぬんだ。 シュンスケはドアノブを握り、深く目を瞑った。 心臓の鼓動が聞こえる。 額から汗が流れ落ちる。 ゆっくりとドアノブをまわしてみる。 カチャン。 …どうか、神様! シュンスケは意を決して、玄関を勢いよく開け放った。 静寂…。 沈黙…。 しばらくシュンスケはそのままの状態でいたが、別段何も変わったことは起きなかった。 「ああ、助かった!」 シュンスケは腰が抜けたかのようにして、その場に座り込んだ。 「ははっ…、ただの悪戯だよな」 一人呟き、大きくため息をつくと、再び部屋に戻りタバコに火をつけた。 しかし、どうも腑に落ちない。あの電話が悪戯にせよ本当にせよ、今まであの電話を受けて生き延びている人間は、一人もいなかったのではないか? シュンスケは、不意に壁にかけてあるカレンダーに目を向けた。 「まさか!」 思わず叫ぶ。 …時間は!? 午後十一時五十九分…。 「ああ、なんてこった!」 シュンスケは立ち上がり、駆け出そうとした。 今日は十二月三十一日…。 「いやだぁぁぁぁぁ!」 ゴ〜ン。 鐘が鳴る。 そして爆発…。 年が『明けた』。 終わり |
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