ショートショートバトル 5KBのゴングショー第7戦勝者

「母さん」

伊藤誠基

 僕が幼い頃、僕の母さんは遠い海の彼方に去って行った。
理由は分からないけど、ある日突然、風と共にフラフラと消え去ってしまったのだ。

その頃の僕は何をするにも母さんにつきっきりの甘えん坊で、
彼女が何処に行く時だって、おぼつかない足取りで付いていく
・・・そんな子供だった。

だから、急に母さんがいなくなったショックはとても大きかった。
毎日毎日、彼女の事ばかりを考えている幼年期だった気がする。

僕は、誰かに会う度、しつこく母さんの事を聞きまわった。
が、その僕の耳に入って来るのは悪い噂ばかりだった。

「彼女はせいぜい三日の寿命だった。」とか、
「今頃は道端で痩せこけて死んでいるだろう。」とか、ろくな噂はありゃしない。

えっ?僕の青年期?そりゃ荒れたさ。

体が大きくなるにつれ、僕の姿は、次第に醜くなっていった。
あどけなかった瞳の光は鈍り、風貌もボロボロで、しまいにはモヒカンをする程の
イッパシの悪ガキなってしまった。

でも、誰だって「子供と大人の中間の時期」ってのは醜いものさ。

「あれは本当に僕の母さんだったのだろうか?」
この疑問を持つようになったのも、ちょうどその頃からだっけ。

僕の幼年期にも、しょっちゅう「あれはお前の母親じゃない。」と言われてたけど、
最近は、僕自身も「それは本当かも知れない。」と思う様になってきた。

確かに、記憶の母さんと僕は全く似ていない。僕は細面だが、彼女は丸顔だった。
僕の身体の色は白だけど、彼女は黄色・・・国籍すら違う可能性があるんだ。

そもそも、おぼろげな記憶しかないのに、
何故、僕は彼女を母さんだと思っているのだろう?

そんな事を考えていると胸が詰まりそうになる。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

しかし今日、何と母さんは、再び僕の前に姿を現わしたのだ!
あぁ、信じられない。まるで夢の中にいるみたいだ。

彼女をこの目で見て、僕は確信した。

やっぱり僕の母さんだ!間違いない!だって僕の本能がそう言ってるんだもん。

向こうで人間どもが妙な噂話をしているけど、もう気にしないぞ。
コレは僕の母さんだ!

・・・

実験室、二人の研究生が話し合っている。

「ヒヨコって、『生まれてから最初に見た物』を母親だと思い込む習性が
 あるらしいですけど・・・あのニワトリ、どうやら
 いまだにコレを母親だと思い込んでいるみたいですね。」

「へぇ、『黄色い風船』をねぇ・・・」

[前の殿堂作品][殿堂作品ランダムリンク][次の殿堂作品]


[HOME][小説の部屋][感想掲示板][リンクの小部屋][掲示板]