ショートショートバトル 5KBのゴングショー第64戦勝者

『クリスマス・ローズ』

夏実

 クリスマス…雪が降っていた。
それは天空から静かに舞い降り続け、まるで私の涙のように途切れなかった。 いつものように窓の外の庭をぼんやり眺めていると…ふと、庭の大きな木の下のほんの片隅…純白の可憐な花が咲いているのに気が付いた。
私の指差す方向に視線を向けた母は『ホントに咲くなんて…』と言葉を詰まらせた。

 そう…確か2年前だった。
寒い日だったけれど、陽射しはキラキラと眩しかった…。 そんな中、いつものように父が庭の手入れをしていた。 色が少なくなった庭はいつもよりちょっぴりさみしい感じがした。
『お花、少ないね。』
『そりゃ冬はね。でもこうしたらどうだい?』
父は今手入れしたばかりの大きな木の根元のあたりを指差した。
『でも、それまだお花咲いてない…。』  
父は苦笑した。 
『まだ小さいからね。でも、これは寒さにとても強い花なんだ。雪がうっすらとつもった中に咲くこれを見たら、何だかとても幸せな気持ちになれるはずだよ…。きっとね。』 
『ふ〜ん。なんていう花なの?』  
父は少しためらうように『ヘレボラス…』と、言った。
『変わった名前。どんな花が咲くんだろ?』
『ヘレボラスというのはギリシア語で「死に至らしめる食物」という意味があるんだ。』 
『えっ!これ毒があるの?やだあ…』  
私は気味悪そうに大きな木の影に植えられたそれを見た。父は小さくゆっくりと首を振った。 
『根っこだけだよ。全然心配ないさ。バラにだってとげがあるだろう? あれと一緒さ。美しいものにはってやつだよ。実はこれの毒性はかなり強いんだけどね。パパが若い頃イギリスに留学していた時に初めて見たんだ。バラの花に似ているところから「レンテンローズ」って言われてるみたいだね。雪の降る寒い寒い日に純白の花を咲かせていた。それはそれは美しくてね。その白さが妙に目に焼き付いてる、今でもね。これも純白のやつだといいんだが…。』
父は遠くを見るような目をしていた。
 
 そんな父が突然逝ってしまった。 死とは何と残酷で悲しいものであるのだろう。

 月日の経過だけが、ようやくただただ涙が溢れてくる衝動を押さえられるようにな
る薬だった。片翼をもがれた…飛ぶことを忘れた鳥。それが、今の私だった。
母がポツリ、と言った。
『あの花の名前知ってる?』
『パパに教えてもらった…。確かレンテンローズって言ってた…ヘレボラスが学名だって…』 
 母は小さくため息をついた。
『咲いてから、あなたに言うつもりだったのかしらね。』
『どういうこと?』 
『あの花は別名「クリスマスローズ」っていうのよ。クリスマスにバラに似た花を咲かせるから。でも日本では冬に咲く品種はとても育てるのが難しいのよ。本当によく咲いたわねえ…。パパからのクリスマスプレゼントかしらね。』
 母は私の肩に優しく手をおいて言った。
『パパから聞いたことがあるわ。クリスマスローズは天使からの贈り物なんだって…。』 
瞬間パタパタとこぼれ落ちるモノをとめることが出来なかった。いつになったら涙は枯れるんだろう…まだ泣けてくるよ…パパ。

 雪はつもりそうだった。
でも天使は雪の下からその花を探してくれたのだそうだ。キリストの誕生を祝う少女のために…。 そしてパパは、私の為に…。
  
 クリスマス…全ての人が幸せであるようにと、その花はこうべを垂れて花開く。それはまるで祈りを捧げているように。

作者のHP:http://dreamcity.gaiax.com/home/ryu_mama

[前の殿堂作品][殿堂作品ランダムリンク][次の殿堂作品]


[HOME][小説の部屋][感想掲示板][リンクの小部屋][掲示板]