ショートショートバトル 5KBのゴングショー第62戦勝者

「真夜中の愛玩動物」

やんばるくいな 日向

俺の話を、聞いてくれるか?


多分、酔いを覚ます為に入った店での話だ思う。
何処かのファーストフード店。一応注文したらしいハンバーガーセットは既に覚めていた。
 うつらうつらと揺れる意識から目を覚ませば、テーブルを挟んで向かい側にそいつが座っていた。
 男。
 この夏の最中に、ロングコートに帽子を身につけた男。襟を立てて顔を隠しているものだから、俺にはそいつの顔が見えない。
 俺は、襟と帽子の間から少しだけ見えるそいつの顔をまじまじと見つめてしまった。
 誰だ? こいつは?
 記憶に無い。
 酔った勢いで知り合った相手とは……ちょっと思えない。
 俺はアルコールの力に助けられ、無遠慮に相手を観察した。
 そいつは、少し居心地が悪そうに、膝上に抱いた何かを撫で擦っている。
 何を持っているんだろう。大きさはサッカーボールぐらい。紫色の風呂敷に包まれているものだから、何かははっきり分からない。
 だけど、きっと丸みを帯びたものだ。
「――お話、続けても宜しいでしょうか?」
 男が言った。
 え? と、俺は問い返す。
「ですから、先ほどのお話の続きをしても宜しいでしょうか?」
 男は少し焦れたように言った。
 その語気の強さに負けたように、俺は間抜けに何度も頷く。
 ……どうやら、俺はこの男の話に付き合っていたようだ。
 何かの営業か……と、考えて苦笑。この真夜中に? 二十四時間営業のファーストフード店にさえ、人影が殆ど見えなくなるこの真夜中に営業だなんて…。
 俺が考えている間に、男は話し出していた。
「可愛いものですよ、小動物は」
 ペットの話か?
「家に帰ってペットの顔を見ると、一日の疲れがすぅっと飛んでいく気がします。一人身には、『家で待っていてくれるペット』と言うものが、本当に有り難いものです」
 どうやら、ペット自慢のようだ。
 襟の間から見える男の顔色は青白く、酔っているようには見えないのだが……。ひょっとしたら、かなり酔っているのかもしれない。
 見ず知らずの相手に、自分のペット自慢を始めるぐらい。
「ただ、ひとつ問題がありまして」
「問題?」
 俺は問うた。
 男は、はい、と頷いた。
「小動物は身体が小さいからでしょうか? やはり、物覚えが悪いのです。何度教えても、芸のひとつも覚えない」
「そうなんですか」
 確かに、芸をするハムスターなんて話は聞いた事が無い。
 ですが、と男は言った。
「そこで私は考えたんです。何とかして、この子達の知能を上げようと」
 男はずぃっと身を乗り出した。
 テーブル上にのったままだった紙コップにぶつかり、ぬるい珈琲が零れる。
 俺はそれに気付いていたものの、爛々と目を輝かせ、身を乗り出した男から逃れる為に身体を引くのに精一杯だった。
「知能を上げるって言ったって……どうやって……」
「食べる、と言う行為の本当の意味を知っていますか?」
「食べる?」
 男の目は危ない輝きを宿している。
 危険だ。
 俺は逃げる方法を探す。酔いはすっかり醒めていた。
「食べると言う行為は、それ自身を己が身体の中に取り入れ、一体化する事。大昔の戦場では、強い敵を捕らえ喰らい、その力が我が身に宿るようにと願ったものです」
「そ、そうなんですか…」
 俺は逃げ腰で、がくがくと頷いた。
 男は満足げに何度も頷きながら、身体を引いた。
 そして、嬉しそうに膝上に抱いていたモノを持ち上げた。
「私は考えたんですよ」
 ゆっくりと、男の手が風呂敷を解く。
 硝子のような球体が、ちらりと見えた。
「小動物たちにも、同じ方法を取り入れてやれば、知能が上がるのでは、と」
 風呂敷がはらりと広がった。
 男は両手で丸いものを差し出す。
 男の手の上。
 若い女の生首が乗っていた。
 ただ、その頭部は髪の毛など無く、皮も、肉も頭蓋骨も無かった。
 代わりに存在していたのは、硝子のボールを伏せたような球体が、頭の上部、約三分の一ほどを覆っている。
 その中に。
 その中に、だ。
 一匹の真っ白なハムスターが、何か――何をだ? 何を喰っているんだ?? その、灰色で紅くてピンクでぶよぶよしているのは何だ?
 ひぐ、と俺の喉の奥で悲鳴が暴れた。
 男は笑う。
「如何です? 名案でしょう??」
 俺は左右に緩く首を振った。
 その時だった。
 視線が合った。
 そう。男が捧げ持つ女の生首と、目が合ったのだ。
 女が、微かに唇を動かした。
 ゆっくりと、言葉が無くとも意志が伝わるように、ゆっくりと。
 …唇は、確かに刻んだ。
 たすけて、と。
 女は生きているのだ。脳味噌を食われ……首だけになっても。
 そこで、俺の意識は、途切れた。


 俺の話はこれで終わり。
 次に意識を取り戻したのは、同じファーストフードの店の中。
 困り果てた様子の店員に肩を揺さぶられ、目を覚ましたのだ。
 男の姿は無かった。
 店員に尋ねても、そんな男は見なかったと、変なものでも見るような視線と共に返された。
 悪夢だったのか、と俺は安堵し、テーブルの上を見てぎょっとした。
 紙コップが倒れ、珈琲が零れていた。
 あの男が、零したのと同じように。


 あれから数日。
 最近……変な音がするんだよ。
 頭の中で……ちっちゃい動物が動くような……そんな音。
 もしかするとさ……もしかしてさ……。
 俺の頭の中に――どんな手段を使ったのか知らないけど――あの生首の頭みたいに、真っ白なハムスターが、灰色で紅くてピンクでぶよぶよしたものを、食べているんじゃないか?
 確認する方法も無いし……怖いよ。俺、怖いよ。
 どうしよう。最近、どんどん物考えるの億劫になってくるし…。
 これって、頭の中が空っぽになっているからじゃないのか?
 なぁ?
 どうすればいいんだよ?
 

 頭の中で、ほら、今も音がしてる。


作者のHP http://www.mokuren.sakura.ne.jp/~nddk/og/index.htm

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