ショートショートバトル 5KBのゴングショー第6戦勝者

「a perfect world」

kim

 未来。そこでは「死」というものは最早恐れるべき何者でもなかった。 なぜならば、死んだとしてもすぐ蘇ることが出来るからである。
 どうしてそのようなことが可能であるかというと...えっ、冷凍睡眠だって?  なんだいそれは。貴方はいつの時代の人間だい!?  そんなのは今では古典の教科書ぐらいでしかお目にかかれないお話だよ。
 えっ、複製人間? 複製人間を用意しておいて入れ替わる?  おしいねぇ。ちょっと違うね。

 周知の通り、今では遺伝子科学と脳情報科学の分野が発達したため、 事故などの不測の事態で亡くなったとしても、その人の遺伝子情報から肉体を 再生し、脳情報から記憶を入力し直すことが出来るようになった。
 所謂、真複製人間って奴だ。
 遺伝子情報は生まれたときにすぐ採取されるし、脳情報は毎晩寝ている間に 中央情報部局の超高速計算機に保存されることになっている。 これによって、いつでも安心して事故を起こすことが出来るわけだ。
 まぁ、今では自動車も完全自動操縦機によって制御されているわけだから、 滅多に事故など起こるはずがないのだがね。

「何ブツブツ言ってるの、あなた?」

 おっといけない。ついつい独り言をしてしまったようだ。いつもながら苦笑する しかないな。私の仕事は文書作成官なのだが、現在では口述筆記機の登場で、 話した言葉がそのまま文章になるようになった。それでいつからか独り言を言う 癖がついてしまったのだ。まぁ、口述筆記機の唯一の弊害ってなとこだな。
 おいおい、それならば脳神経に機械を接続して直接情報を取り出せば良いだ ろうって?
 全く、これだから田舎者は...。んん、失礼。
 実は最初は脳から情報を直接取り出そうと試みられていたのだよ。しかしなが ら、その方法ではその人間がその時考えているあらゆる情報が文書として作成 されるので、断念されたのだ。
 そりゃあんな事とかこんな事とかまで文書になった日には、下手すりゃ離婚騒動になってしまうからな。元々勘の良い奴だから、もしかするとバレてるかもしれ ないが...ゴホン、ゴホン。危ない危ない。隣にいるんだった。それに話が逸れ てしまったな。
 結局、口述筆記機によって作成する方法が現在のところ、主流だな。

 言い忘れていたが、助手席に座っているのは私の女房だ。そして私達は自動車に乗っている。ちょっとした自動車小旅行を楽しんでいるところだ。自分で運 転する必要がないので、移動中であっても、ぼーっとしていることが出来る。な にしろ完全自動操縦機によって制御されたこの自動車は、事故など起こすはず が...。

 ズドン!

「うわぁ」
「あなた!」

 ボキボキボキィ!

「グボリャァァァアー!」
「キャー!」

 ズズズズズ、ガシャン!

 ウウゥ。どうやら事故を起こしたようだ。全く、なんてついてないんだ。くそぅ。
 目が霞む。どうやら私は重傷らしい。血が流れている。それと共に全身から力 が抜けていく。
 あぁ、私は死ぬのか? なんてことだ。しかし心配する必要はない。現代の 科学によって、私はすぐに蘇ることが出来るから。そう、真複製人間技術によ って。
 だから、何も、しんぱい、する、ひ、つ、よ、う、は...。

 次の日。事故に遭いながらも奇跡的に一命を取りとめた女性は、最先端の 医療技術によって、完璧なまでに元の健康な体に戻った。そして彼女は思う。
「あーぁ、いい年して独身なんて、嫌なものよねぇ。どこかにいい男はいないの かしら? ホント、一度でいいから結婚なんてしてみたいわ。昨日の夢みたい に。でも、夫が事故で死んじゃうなんてのは嫌だけど。」

 完全なる世界。未来においては人口増加など、なんの問題でもなかった。 人口が増えすぎたならばわざと事故を起こし、人口を減らし、そしてその日の晩に死者に関する情報を全ての人々から消去すれば良いのだ。次の日にはどの人も、消去された人物について何も憶えていない。全ては中央情報部局 の超高速計算機によって管理されている。それは非の打ち所がないほど完璧 なまでの制御。そして人々はそれに気づくことはない。

「さてと、仕事場に着くまで一眠りしましょうかね。ホント、完全自動操縦機が あるから便利よね。自動車の免許を取る必要もないし...。それにしても私ったら独り言ばかり言ってるわね。おかしいなぁ。誰かの癖でもうつったのか しら? まぁどうでもいいか。ふぁーぁ、眠くなってきた。おやすみ...。」
 彼女は昨日の記憶がないことなど全く気づかず、普段通りの、今の彼女が 思う普段通りの生活へと戻っていった...。

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