冷たい空気が秋の空を取り巻いていた。
私はベランダで、大きなテラコッタのプランターにチューリップを植え込みながらぼんやりと考え事をしていた。
幼馴染みの彼が結婚するという。
白いチューリップがたまにウェディング雑誌のブーケに使われていたりすることがあるけれど、その花言葉を知っているのだろうか。
ずばり、『失恋』なのに。
…ドキリとした。
白いテープで巻かれた球根…それが今、自分の手の中にあったから。
あわてて埋めて、土をかけた。
そう、私は一度、チューリップだけの花束をもらったことがある。
北海道の大学に入学が決まり、彼がこの町を去っていった日に。
それは花びらの先がつんととがり、オレンジ色がとても目に鮮やかだった。自分がイメージするチューリップの花とは違い、かなりスレンダーな感じのチューリップがたくさん束ねられたものだった。
「チューリップには香りがないって知ってた?」
「…!?」新鮮な驚きだった。
花にあるものと言えば香り。そう、それが当たり前だと思っていたから。
チューリップの香り…確かにピンとこない。姿形に目を奪われて…香りはどうでもいいって感じ。
「だけど、これだけにはまだ…残っているんだ。」
差し出された花束に顔を近付けてみると…何とも言えない、優しく甘い香りが爽やかな風となって私の中を駆け抜けていった。
「原種のチューリップには香りがあったんだ。だけど花を楽しむチューリップに、香りは邪魔でしかない。だから品種改良の末に香りは消されてしまったんだって。」
「こんなに素敵な香りなのに…。」
「そうだね…。」
彼は少し淋しそうにポツリとつぶやいた。
「とってもキレイ…。そしてオレンジ色がとってもステキ。こんなチューリップ、初めて。ありがとう。」
私のそんな言葉に、彼は少し照れくさそうな顔をした。
「このチューリップ、『バレリーナ』って言うんだ。」
彼は何か言いたそうな感じだったけれど、結局何も言わなかった。チューリップの香りだけがずっと私に語りかけていた。
「気に入ってくれて良かった。じゃあ、また。」
そう言って、北海道へ行ってしまった。
残された香り…それはまるで私の残された気持ちのようで。
遠く、離れていく彼に、好き…だとは、どうしても言えなかった。
そんなことがあって、毎年チューリップを植えるようになった。植えたからといって、どうにかなるのを望んでいたわけでもないけれど。そして春先に花屋で『バレリーナ』を見かける度、胸にかすかな痛みが広がった。顔を近付けると、あの優しい香りが、私の彼への思いを教えてくれるようだった。
そして、知った。
黄色い花色のチューリップの花言葉は『かなわぬ愛』と、いうのだと。
ふと、手を止めた。
今、私の手の中にあるのは濃い紫色のテープが巻き付いた球根だった。花の色が黒を基調にした(咲くと濃い紫色になる…)花色のチューリップの場合、スペインでは自分の心臓が恋い焦がれて灰になった…ということをあらわすのだという。
その花言葉は『永遠の愛』。
燃え尽きた恋でも、それは同じ。
『…結婚、おめでとう。』
私はそっと、最後の球根に土をかぶせた。
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