ショートショートバトル 5KBのゴングショー第5戦勝者

ロマンス

みほまさ

  どうやら親戚が僕の結婚相手について話をつけてきてしまったらしい。僕はその人の顔さえ知らない。聞くところによると、歯科医をやっているそうだ。自分は、気づいたらつまらないサラリーマンになっていたというのに。恵まれた環境で育ったのかな。
 結婚をするにしても、二人の間には何もない。だが、親戚たちは僕の見えないところで式の準備を進めているようだ。
 どうしても気になる。相手はどんな女性なのだろうか。
 僕が彼女の勤め先を聞いたところ、あいさつがてらにでも行っておいでという感じで住所を教えてくれたのだった。
 大学の総合病院はとても広い。たくさんの医師と、それ以上に大勢の患者たちがいる。僕は病気になったわけでもないのに、自分の欠陥部分がうずきだすような気分におそわれた。とにかく、ここは心が落ち着くような場所ではない。はやく君のことを捜さねばならない。
 さっきから何人もの女性とすれ違ってはいるものの、その人ではない。広く長い廊下の先から一人の女性が歩いてきた。僕は、きっとあの人に違いないと思い、ゆっくりゆっくり壁にもたれるようにして歩いていた。ちょうどリハビリを行うようにして、体の間接の動きをひとつひとつ確かめるように。
 彼女の名札を確認すると、通り過ぎていくまで僕はじいっと彼女のことを見つめていた。こんなに人が大勢いるんだ。僕みたいに不審な行動をする人間だってたくさんいるはずだ。そんな奴のことなんか気にしていたら仕事にはならないだろう。
 彼女はやはり、僕になんか見向きもしなかった。彼女は行ってしまった。
 ああ、僕は今日一体何をしていたのだろうか。家に帰ると、罪の意識が脳裏をよぎりはじめた。僕はときどき何もかもがわからなくなる。他人の言動や自分のした事にさえ。
 僕はどんなに強く意志を持ったとしても、意識下にある何かにつきうごかされて生きているのだろうか。僕が望めばその通りになる。だとすれば、あまりにも単純な方程式に悲しみさえおぼえてくる。
 僕は彼女を手に入れることで安らぎを得るかもしれない。だが、それは一つの悲しみを背負うことにもなるのだ。
 夏になるとよく、この不思議な感覚におそわれる。決して気持ちのいいものではないが、不快という言葉にもあてはまらない、どうにも形容のしようがない状態なのである。
 僕は動物とは違い、明日の時間を自分の思う通りに過ごすことができる。だけどどのように生きていけばいいのか、こんな時代だから見えにくくなってしまっている。それが様々なずれを引き起こしている。
 くそ、僕は絶対的に何かに縛られ、そして日々怯えながら生きなければならないのか。
 現実には、彼女と実際に逢う約束がなされていた。やはり親戚の人間が決めていたようで、別に無理に断る理由もなかった。いや、実は彼女がこの結婚に対してどう考えているのか知りたくもある。
 僕は彼女と話をした。はじめは普通にしゃべっていたのだが、帰り際に夜の駅のホームで一番聞きたいことを尋ねてみた。
「君は、この結婚に賛成なの?」
 すると彼女は急に泣きそうな顔になりながら、
「わたし、わからないわ・・・」
 と不安定な声で答えてくれたのだった。
 結局、僕も彼女も同じだったのだ。
 親戚の人に、彼女があの話はなかったことにしてくれってさと言ったら、あら、そうなの、と残念そうに言っただけだった。
 

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