ショートショートバトル 5KBのゴングショー第48戦勝者
ねこ
僕は時計に目をやった。 非常にまずい時間帯だ。 今、七時三十分を回ったところ。そして、 僕はまだ家を出てから数分しかたっていない場所を走っている。 こいつはまずい。何だってまだこんなところにいるんだ。 こんなところでちんたらしていたら遅刻しちゃうじゃないか! 信号が青に変わるのも待ちきれずに、車が来ていないうちに道路をわたる。 プップー ああ、本当は近くまで車が来ていたらしい。 でもここは無視だ。 腰を浮かせてこぐ。スピードをどんどん上げていく。 もう冬だというのに額に脂汗がにじんだ。 「くそっ」 遠くに見える線路に貨物列車が流れていくのが見えた。 遅い。遅い遅い遅い。 あの列車は本来駐輪場のところまで来てからみるのがベストなのだ。 駐輪場まではまだ通り三つ分はある。 商店街の角を曲がり、普段はあまり使われない路地を通り抜け、人通りの少ない道を選んで僕は疾走した。 このスピードでも間に合うかどうか、しかし、止められない止まれない。 がひゃがひゃがひゃ 自転車が――もう三年たっただろうか――情けない悲鳴を上げる。そんな声を出すな、僕だってつらいんだからな。 立ちこぎをしたままで軽くぴょん、とジャンプをする。がひぃ、とひときわ大きな悲鳴が響いた。 七時四十分。後四分で電車がくる。 これに乗り遅れたら確実に遅刻の電車だ。 間に合わなければ、間に合わなければ。 時計は刻々と時間を刻んでいる、しかし僕の進むスピードは疲れを伴いわずかづつではあるが後れていく。 未だ自転車は悲しい響きをたたえている、が、もうそれも終わりに近づいていた。 僕は駐輪場に着くと、素早く自転車の鍵をかけた。 七時四十二分、まだいける。 あとはホームまでダッシュするだけだ。間に合ったも同然だ。 僕は走った。はしった。ハシッタ。 なにも考えずにとにかく走った。 ホームにはなにもなかった。 既に列車は去った後だ。どうして。 時計を見る。いま、四十四分になったばかり。 けど人はほとんどいない。同じ学校の生徒もいない。確実に電車は来たのだ。ああ、どうして。ダイヤが乱れたのか? その考えはすぐに訂正された。 ああ。 なんだ。 僕はホームの時計を見た。 「七時四十七分」 僕が間違えていたのか。 学校へ着いた。 僕の席は前から三番目の一番窓側の席だ。 扉から入って、もっとも遠い席でもある。 だが僕は別にこの席が嫌いというわけではなかった。むしろ好きだった。 うちの学校の中庭は美しい、と思う。授業中、中庭を見て過ごすのだ。そうすれば、つまらない授業も時間を忘れていられる。 遅刻をした、ということで僕は説教を受けていた。生活指導室だ。 くだらない話は延々と続いた。 ようやく解放されたときにはすでに一時間目が始まっていた。 指導担当の教師は「早く授業にでろ」と言った。 ああ、言われなくてもでるさ。そう思った。決して口には出せなかった。教師の態度が物語るには、一時間目の始まりに間に合わないのは僕のせいらしい。大きなお世話だ。あんなに意味のない説教を長々とする方がよっぽど時間に無駄がある。一言言えば分かるのに。 僕は教室へと帰ってきた。そこは必ずしも居心地のいい場所では無かったけど、表だって僕に暴力を振るったり、嫌がらせをする奴がいない、と言う点においては心地いい居場所なのかもしれない。 一時間目の授業は遅れてきたせいか、早くに終わってしまった。 先生は始終早口でまくし立てるような授業だった。 おかげで内容はさっぱりだ。 休み時間だ。 僕はトイレに行くために席を立った。 小便器の前で僕ははぁ、とため息をついた。 僕は手を洗って便所を出た。 すでに授業は始まっていた。 「遅れてすいません」 おざなりにそう言って席に着いた。 ああ、もう十分も過ぎている。 おかしいな。 頭どっかにぶつけたかな。 支度して便所に行っただけで二十分もかかってるなんて。 いくら疑問に思っても授業は変わらず進んだ。 休み時間だ。 熱でもあるのかな。 保健室へ行こう。 僕は手のひらを当てながら、保健室へと向かった。 先生はいなかった。 でも部屋は開いていた。 失敬することにする。 熱を計った。 平熱だ。 帰ろう。 三時間目は既に始まっていた。 「遅れてすいません」 先生に頭を下げ、保健室にいっていた、と付け足して席に着いた。 三時間目、始まってからもう三十分もたっている。 さっき、本当に熱が無かったかな。 かえって朦朧としていたから目盛りを間違えたなんてことじゃないのかな。 休み時間だ。 早退させてほしいと先生に言いに行こう。 明らかに今日はおかしい。 僕は足早に職員室へと向かった。 「どうしたんだ、授業中に」 もうチャイムが鳴っていたらしい。 なんたることだ。 「調子が悪いんです」 先生は早口で答えてくる。 「おまえ、反応鈍いぞ、大丈夫か」 僕はすぐに 「はい」 と答えた。 しかし先生は僕を気遣ってくれ、 「熱がないならとりあえず授業にでろ、でもダメだと思ったらすぐにくるんだぞ」 ああ、ダメです先生。 ダメなんですよ。 先生は僕がそう言う前にひっこんでしまった。 どうしよう。 授業に出るしかないのか。 僕は教室へと戻っていった。 五時間目は既に始まっていた。 ああ、もうダメだ。 昼飯もすっ飛ばして一気にここまで来てしまった。 「遅れてすいません」 僕は調子が悪そうにそう言うと、席に着いた。 文字通り、あ、ッという間に授業は終わった。 休み時間だ。 もういい、大好きな中庭の景色でも見ていよう。 価値のない時間なんて過ごしても意味がない。 あ、ツツジの花が咲いた。 ・・・あれ、枯れた。 振り返ると教室には誰もいなかった。 今、何時間目なんだろう。 そんなことを考えて僕は時計を見た。 今は朝の七時四十四分だ。 やっぱり壊れているんだ、この時計。 了 |
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