ショートショートバトル 5KBのゴングショー第43戦勝者

「じごくみみ」

うつぷん

 明け方だろうか、薄明るいような気がする。
 啓之は、まどろみの中で急になにかの気配を感じた。しかし、身体を起こすことができない。それどころか、顔をよこにむけることすら出来ない。
 「金縛りってやつか?」
 啓之が声も出せないままもがいていると、頭の上のほうからやさしい声が聞こえてきた。
 「私は、白鳥の霊です。あなたはこの20年間一日も休まず、公園の白鳥にえさを与えてくれましたね。本当にありがとう。あなたが動物をかわいがる、心やさしい人間であることがよくわかりました。お礼にあなたの耳を動物たちの声が聞こえる耳にして差し上げましょう………
 
 気が付くと、部屋はすっかり明るくなっていた。
 「あれ?ゆめやったんかな?」
啓之はベットから起きあがって、カーテンを開けた。いつもと同じ朝の風景だ。
 「なんやったんやろ?変な夢やったな。」
窓を開けると、さわやかな朝の風といっしょに、アパートの屋根からへんな声が聞こえてきた。
 「ちょっと奥さんきいた?神社の森の鈴木さん、マックのガラスにぶつかって亡くなったそうよ.」
 「えーほんと?わたしあそこはあぶないわねーっておととい話してたとこよ。」
 「まー怖いわね―よっぽどお腹がすいてたんでしょうね―」
なんで屋根の上から声がするんだろう?
啓之は窓から身を乗り出して、上を見た。
 「きゃーーーー」 ぱたぱたぱた
逃げて行ったのは、すずめだった。
 「今の声は、すずめの声か?なんだ?ゆめじゃなかったのか?どうなってんだ?」
驚きはしたが、啓之は素直に喜んだ。これで白鳥達の声が聞けるじゃないか。彼は本当に公園の白鳥をかわいがってたのだ。
 「よし、早く白鳥のところに行こう!」
通勤途中の公園の池には20羽ほどの白鳥がいた。啓之は毎朝早めに家を出て、白鳥達にえさをやっていた。
 
 いつもより少し早いせいか、サラリーマンや学生の姿はまばらで、犬の散歩やジョギングをしてる人達が多い。
 「いよ〜う。かわいいポメラニアンちゃん。イイケツしてんね〜」
下品な声にふりかえると、上品そうなおばさんの連れてる、これまた上品なプードルだった。
啓之は苦笑した。
 「ははは イヌも、みかけによらないな」
頭の上ではからすたちが、残飯の話しで盛り上がっている。
 「こりゃうるさくてしかたないな.」
足早に池に向かうと、啓之の姿を見つけた白鳥達が集まってきた。聞き取りにくいが、めいめいお礼を言っている。
 「いつもありがとう」「はらへったー」「どうもありがとう」「わるいね」「ありがとう」
 「えさのおじさんだ!」「わーい」「ありがとうございます」
啓之は胸が熱くなった。
 「よかった.毎日こうやっておれいを言ってくれてたんだ。」
しかも驚いたことに、白鳥のおこぼれを食べている池の魚たちの声も聞こえた。
 「うわー魚の声まで聞こえるのか。」
ふと得も知れぬ不安を感じたが、そのわけはわからず、しばらくベンチで白鳥達を眺めた後、仕事場に向かうことにした。
 「また明日。」
啓之の声に答えるように、白鳥やさかなたちのお礼の言葉が返ってくる。
 「ありがとう。また明日―」
啓之は足取りも軽くあるきだした。
 
 ところが仕事場に着く直前、啓之はロッカーのかぎを忘れたことに気づいた。
アパートまで走っても、往復一時間。タクシーでも朝のラッシュで時間はさほど変わらないだろう。
 「なんてこった・・完全に遅刻だ!」
啓之は今きた道をあわてて引き返した。

――――一1時間後―――――
 「ちくしょう!せっかくの朝が台無しだ!おやっさんおこってんだろうなあ。」
厨房のドアを開ける。そう彼は割烹料理店の板前なのだ、丁度お昼前の忙しい時間帯、きびしい親方にはいつも怒鳴られてばかりだった。
 「すっすみません!遅刻してしまいました!!」
 しかし厨房に入った彼の耳に飛び込んできたのは、オヤッさんの怒鳴り声も聞こえない位の、地獄のような声の洪水だった。 
 「あなた――!イヤー―」
夫を網ですくわれた、水槽の鯛。
カウンターの小さい水槽から小さいさざえたちが、網の上で焼かれるさざえをみている。
 「おと――さーん。しなないでー!!」
 まな板の上では
 「頼む!やめてくれ!たったすけてくれ――うわぁぁぁぁぁ」
おこぜが苦悶の表情でこっちを見据えている。
仲居さんが運んで行く、活け造りのひらめがぱくぱく口をあけている。
 「おいっ!俺の身体はどうなった?なんだか軽いんだ。おい!俺は死ぬのか?」
ばさばさばさ
 「ぎゃぁぁぁぁ!」
生きたまま、煮えたぎる湯の中に放り込まれた車えびたちは、一瞬で赤い死の色に染まった。
 ジュ――
 「んんんあああぁぁぁぐぐぐむっむむむむむむ」
アンドレ夫妻の大好きなあわびも、生きたままフライパンで焼かれ身をよじっている。バターを入れればバター焼きだ。
包丁が振り下ろされる度に飛び散る血、焼かれる皮の香ばしいにおい。水槽の中で自分の死の順番を怯えながら待つ鯛やひらめ。生きたまま鱗をはがれる想像を絶する痛みに、失神している者もいる。魚たちの頭や内臓が、残飯いれのバケツからあふれそうだ。瞼のない死んでにごった目が、啓之を見ている。
 「うわぁぁぁ!こんな地獄耳はいらない!もうやめろ!やめてくれー!!」
愛用の出刃包丁で、自分の耳を切り落とした啓之は、絶叫した――――――

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