ショートショートバトル 5KBのゴングショー第40戦勝者

「私に降る雪」

mrut

 冷たく、残酷な雪が降っている。
 師走で賑わう大通りを一つ入った、暗い路地に私は居る。
 切れかかった電灯が、点いては消え、点いては消え。
 ぼんやりとしたモノクロームの景色。

 あれは、一ヶ月ほど前の夜。
「あなたは今、幸せですか」
何かの勧誘だろうかと、私は思いながら振り向いた。
「それとも、不幸せですか」
背の低い老人は、風呂敷のようなもので頭を覆い、顔には深い皺が刻まれてた。
しわがれた声からも、性別の判断は出来ない。
「さぁ、どうでしょう。分かりません」私は吐き捨てるように言い、振り返るとゆっくりと歩き出した。
「今日のあなたは、幸せだったはずです」
背後で、呼びかけるように、老人が言った。
「なぜ言い切れるのですか」老人の前まで戻り、私は尋ねた。
微かにだが、老人は笑っているように見える。表情の変化は極僅か。
老人はゆっくりと、しかし、淡々と話し始めた。
「人間の人生で、幸せと、不幸せの割合は、半分々々。点数を持っているのです。その割り当てによって、人は生活しているのです」
「どこかで聞いたような話ですね。しかし、そうでしょうか。一日の内に幸せな出来事が何回もあったり、そのすぐ後に突然不幸に見舞われることだってありますよ」
感情の変化は無かったが、数時間ぶりの会話で、つい饒舌になってしまう。
「だから、長生きをする人や、早死にをする人がいるのですよ」
「どういうことです。あなたは何が言いたいのですか」
 師走の雪の夜に立ち止まっているのだから、寒いのも当然である。私は、炬燵の暖かさが、急に恋しくなった。
「そう、焦らないで。誰もが100年生きられる訳ではありませんね。なぜでしょう。人の死は、幸せと不幸せを、全部、使い切ったせいと、その一日に、不幸を割り当てすぎたせいの、二通りで起こるのです」
大通りから車のクラクションが聞こえた瞬間、我に返り、根本的な質問をした。「あなたは何者です」
「私は、そうですね、その割り当ての管理人とでも言いましょうか。人々の割り当てを受理しているのも私なのです」
私はあきれてしまった。この寒い中、老人の話に付き合っていた事が馬鹿馬鹿しくなった。「ほぉ、大層なご身分ですね。失礼します」私は、早歩きでその場を立ち去ろうとした。
「私には、あなたに一生分の割り当てを、今、決めさせてあげる事ができるのです」
私は振り返らない。もう、老人に付き合う気はない。
「あぁぁぁぁ」
背後で悲鳴のような叫び声が聞こえた。私は動転して、すぐに老人に駆け寄った。老人は、うつむきながらも、今度は明らかに笑っている。私は苛立ちを押さえきれなかった。「人をからかうのも、いい加減にしろ」一瞬鼓動が激しくなり、また、すぐにおさまり始める。
「すべては、事実なのですよ。さぁ、これからの人生を、どうしたいですか」
大きく見開かれた老人の眼は、私の眼を捕らえていた。
「私はそんな事信じませんが、もし出来るのならあなたが勝手に決めてください。失礼します」
私は振り返ってゆっくりと歩き始めた。もう、私を止めるものは、無かった。

 それからの毎日は、驚くべきものだった。幸せな、そう、誰が見ても幸せな生活を、私は送った。大金を手にした。名声も手に入れた。何より、一生を誓い合うパートナを手に入れたのだ。夢中だった。したい事は何でも出来た。
そんな生活で、過去の何もかもを、忘れていた。

 ちかちかと光っていた電灯が、ついに消えた。
 地面に積もる雪、そして、体に積もる雪。
 私の周囲にある雪は、赤く染まっている。
 腹部に激痛が走る。
 ほんの数分前。いや、数時間前にも思えるが、本当は数秒前かも知れない。
 私は、見知らぬ男に、ナイフのようなもので刺されたのだ。
 意識が遠のいてゆく。
 奇妙な老人の事を思い出していた。
 「すべては事実なのですよ」
 私は苦痛に顔を歪ませながらも、微笑む。
 私には、まだ、幸せが、残っているだろうか。
 そう、願おう。
 私に降る雪は、いつの間にか、温かく、優しい雪に変わっていた。 

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