ショートショートバトル 5KBのゴングショー第39戦勝者

「野菜」

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 ある日のことだった。
 僕の目は、突然おかしくなった。人間の顔が、野菜に見えてしまうのである。
 母は大根だった。僕は驚く反面、'ああ、やっぱり…'と妙に納得してしまった。
それはさておき、僕はどうしたらよいのか戸惑った。やはり、ここは眼科に行くべきだろうか。いや、精神科がよいかもしれない。その前に、母になんと説明しよう。「僕には貴方が大根に見えます。」なんていったら殺されるかもしれない。少なくとも、一週間は食事抜きだろう。とりあえず僕は、何事もなかったかのように朝食を食べ始めた。その途中、姉と妹がおきてきたが、姉はにんじんで、妹はきゅうりだった。二人の好物である。奇しくも、その日の朝食はトーストと野菜サラダで、サラダにはきゅうりとにんじんがたっぷり入っていた。それをとてもおいしそうに食べるきゅうりとにんじん…僕は笑いをこらえきれなくなる前に、早々に家を出た。

 学校はもっとすごかった。キャベツ、ほうれん草、ジャガイモにサツマイモ…など、様々な野菜があふれ返り、まるで八百屋のようだった。
 そんな中、ただ一人、人間がいた。風紀委員の中川だ。彼女はクラスメートの誰にも関心を持たないのか、
いつも窓際の席で一人小説を読んでいるのだが、今日は違った。驚いたように目を見開き、僕の顔を食い入るように見詰めている。
 僕たちは、暫く無言のまま見詰め合っていた。が、やがて彼女は立ち上がり、僕に歩みやってきた。
「立花君…ちょっと良いかしら?」

 二人っきりで話がしたいの、と中川が僕を連れて行った先は、生徒会室だった。なるほど、こんな朝から生徒会室にいる生徒などいないだろう。
 生徒会室に向かう途中で、国語の山田先生に会った。彼はチンゲンサイだった。普段格好良いだけに、笑えた。

「…貴方、網膜製野菜症候群ね。」
 生徒会室に着くや否や、中川は真顔で言った。一瞬何のことか分からなかったが、数秒考えて、中川はこの目のことを言っているのだと気付いた。そうか、やっぱり病気なんだな。
 …でも、どうして中川はそんなことを知っているのだ?第一、どうして中川だけはちゃんと人間に見えるのだ?…もしかして…。
「中川、お前もその…。」
「網膜性野菜症候群。」
「そう、それなのか?」
 僕が尋ねると、中川は大きく頷いた。
「症状が出始めたのは、半年くらい前かしら。」
 中川はそう付け加えた。
 半年前、というと、ちょうど高校に入学した頃だ。もしかして、中川は入学したての頃に発病し、周りのみんなが野菜に見えてしまい、戸惑っているうちに友達を作り損ねてしまったのではないだろうか。そんな想像が僕の頭に浮かんだが、中川本人に訊いてみることはできなかった。
「…もうすぐ授業が始まるわね。ごめんなさいね、ちょっと確認したかっただけなの。」
 そう言って、中川は教室に戻ろうとした。
「…あ、中川…。」
 咄嗟に僕は彼女を呼び止めた。怪訝な顔で中川は振り返る。
「…ええっと…そうだ。もしかして、僕も昨日までは野菜だったの?」
 何気なく僕は中川に訊いてみた。
「ええ。立花君は確か…カボチャだったわ。」
「カボ…。」
 僕は一瞬絶句した。…そりゃ、カボチャ好きだけど…でも、中川の中では僕はカボチャだったのか…。僕はなんだか複雑な気分になった。

― 一時間目は生物だった。
 トマト先生の質問にふきのとうが答える。やはり異様な光景だ。「じき慣れるわ。」中川はそう言っていたが。

―弁当にサラダは入れられないな。とりあえず、僕はそう思った。 

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