ショートショートバトル 5KBのゴングショー第37戦勝者

「退屈な夜」

麻鳥

 俺がすき好んでこんなマズイことで有名なラーメン屋で食事をするのにはわけがある。
 道路を挟んだ向い側には大型のラーメンチェーン店がこれ見よがしにネオンを瞬かせており、大して旨くもないのに行列などつくって並んでいる馬鹿な客達を見ると、あえてこうして嫌がらせなどしたくなるのである。
 寒空の下、店内を覗き込みながら順番を待っている客達を尻目に、俺は優越感に浸りながら注文したビールを受取り、手酌でグラスに注いだ。
 ラーメンはマズイが、ビールの味はどの店も一緒である。ほろ酔いなら多少不味くても気にはならない。
 店主がラーメンを茹でながら、頭上の14インチテレビに一人独語している。
「酷い事件じゃないか。世も末だねぇ……」
 あ、俺に話しかけて来てるのか……と、気付いたのは数瞬の間を置いてからである。
「まったくだ」
 俺は相槌を打ったが、何のことがわかっていなかった。
 六時のローカルニュース。いつものキャスターが、いつもどおり無表情にニュースを読み上げている。
 S市内の老人ホームに、刃物を持った男が押し入り、従業員と老人数人を刺して逃亡した。
 通報を受けて駆けつけた警察がすぐに男を逮捕したが、現金などが盗まれていないことから、現在、動機等について詳しく取り調べ中とのこと。
「でもなんで老人ホームなんか……」
 俺はビールに向かって言った。
「さぁねぇ……」
 店主も俺を見ず、ゆで上がった麺のお湯をきりながら言った。
「はい、醤油ラーメンお待ち」
 ニュースは続く。
 男は四十七歳の中年男性。二日前、男の長女がビルの屋上から投身自殺していることから、警察は事件との関連性を調べているとのことである。
「怨恨か? でも若い男相手ならわかるけど、老人ホームだろ?」
 ますますわけがわからない。
 店主は煙草に火をつけ、パイプ椅子に座ると漫画雑誌を開いた。俺の他に客はいない。奥さんらしい中年女性が奥から出てきて、外の暖簾を仕舞い始めた。
「何? もう店じまい?」
 寒風が店内に吹き込む。
「今日は結婚記念日だから、父ちゃんとデートさ」
 中年女性が嬉しそうに微笑む。
「そうかい、それはおめでとう」
 俺は無愛想に言った。
 ニュースはスポーツニュースに変っていた。
 店主は漫画雑誌を閉じると、食い入るように画面を見つめはじめた。
 そういえば、プロ野球はもう開幕戦が始まっているんだっけ。こっちはまだ雪が残っているっていうのに……、東京はもう春だ。
「お愛想、頼むよ」
 俺は箸を置いて立ち上がった。まだ麺が少し残っていたが、この中年夫婦に時間をプレゼントすることにする。
「一〇〇〇円ちょうどね」
 奥さんがレジスターを叩いた。
「毎度どうも」
 店主はテレビの画面から目を離さずにいった。こりゃあいらない気遣いだったか、当分デートに出掛ける気配もないな。

 硬くなった残雪を踏みしめながら、家路を辿る。
 ……とくに、部屋に戻っても何もすることはない。居酒屋に行ってもよかったが、今日はもうビールを飲んでいるのでやめた。
 アパートの階段を登り、鍵を開けた。誰も待たぬ部屋。薄暗く、埃臭い。
 キッチンには夕べの食べ残しがそのまま放置されていた。洗濯物もたまりにたまっていたが、無視して俺はベッドに腰掛けた。
 スーツを着たままで横になり、テレビのスイッチを入れる。
 けたたましい嬌声が響いた。くだらないバラエティー番組がやっている。そういえば、時計は既に七時を回っていた。
 リモコンに手を伸ばす、体は寝たままだ。
 どのチャンネルもつまらない。結局NHKをつけた。さっきのニュースの続報でもやっていないものか?
 キャスターが現場の老人ホームを中継していた。なるほど、思ったとおり続報をやっている。
 女性キャスターの話を半分聞き流しながら、俺はダラダラとスーツを脱ぎ、だらしないパジャマに着替えた。戸棚に手を伸ばし、サントリーオールドの瓶を取る。グラスは勿論夕べ使ったものをそのまま使う。
 警察の記者会見はまだだ。だがこういうとき、ニュースは大抵独自のVTRを作って間つなぎする。……と思ったらやらないのか、さすがNHK。民放のワイドショーとは違う。
 キャスターとスタジオのアナウンサーのやりとりで、現時点でわかっているいくつかの情報が明らかになった。
 容疑者の男性の娘は十九歳。短大の福祉ボランティアサークルに所属しており、件の老人ホームでヘルパーの手伝いをしていた。無論、ボランティアだから無報酬。
 彼女は全寮制のキリスト教系女子高を卒業している。生真面目で、他にも様々なボランティア活動に参加していたという。
「……世間知らずのお嬢さんか……」
 俺は冷凍庫から氷を取り出し、グラスに放った。それから琥珀色の液体を並々と注ぐ。カランっといい音が響いた。
「それで、どうしたって?」
 再びベッドに身を横たえる。
 老人ホームへは、最近行っていなかったようだ。で、一昨日になって突然自殺。遺書は残っていなかった。父親は、老人ホームで何かあったのではないかと周囲の人に漏らしていたらしい。
 そこまで、キャスターが話したところで、警察の記者発表の会場に、カメラが切り替わった。
 曰く、容疑者は容疑を大筋で認めており、警察の取り調べにも神妙な態度。
「そんなこたぁ、いいから、話がまどろっこしいぞ」
 俺はテレビに向かって独語した。
 容疑者(もう犯人でいいだろう)は、老人ホームの数人の男性入所者が、彼女の対して“性的なイタズラ”をしていたと供述しており、どうやらそれに怒り心頭発しての犯行だったらしい。
「男性入所者って、七、八十の爺さんだろう? マジかよ」
 特にある男性入所者は、彼女に執拗に交際を迫り、ノイローゼになった彼女はホームへ行くことを拒んでいた。
「おいおい……、なんだよそりゃあ……」
 俺はオールドをグイっと飲み干すと、再び画面に食いついた。
 司法解剖の結果によると、その女性の体から供述の老人のものと思われる体液が検出されたとのこと。
「つまり……そりゃあ……そういうことだよな……」
 俺は呆れ果てたようにため息をついた。
「世も末だなぁ……」
 リモコンをとってチャンネルを変える。Fテレビではダウンタウンが大騒ぎしていた。再び変える。教育テレビでお料理番組、Nテレビではアニメ、Tテレビでは関口博。……つまらない。
 俺はテレビを消した。
 ……まぁ、どうでもいいか。俺には関係ない話だ。
 どうせ日本は平安時代から「末法の世」だったんだ。世も末なのは今に始まったことじゃない。アメリカじゃ小学生が拳銃で同級生を射殺してるし。別に取り立ててセンセーショナルな事件でもないさ。
 心地よいまどろみが、俺を襲って来た。
「どうせ、他人事だ。テレビの中の出来事なんてニュースも映画もバラエティもみんな一緒さ」
 俺はキッチンの流し台に空のグラスをうっちゃると、再びベッドに倒れこんだ。
「そういえば、ラーメン屋の夫婦はもう出かけたかな?」


■END■

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