ショートショートバトル 5KBのゴングショー第269戦勝者
鳴門
「ねぇ、クリスマスどうするの?」 ねぇって言われても・・・。 僕はクリスマスが嫌いだ。 ろくな思い出がない。 彼女と出会ってファンキーな気分で過ごした昨年の一夜だけが、我が人生最良のクリスマス、ってな感じなのだ。 最良の時を一緒に過ごしたのだから、それで打ち止めでいいじゃないか、と思うのだけれども、きっと、それ以上を望んでいるのではないかと推測する。 彼女の瞳がきらきらしているのは、きっと彼女の中のコスモスが爆発寸前だからなのだ。 「・・・まぁ、考えておくよ」 その後、フィギュアスケートの中継に彼女が熱中している間に僕はスマフォで2chに「電車男2012」というスレッドをたててヘルプを求めた。 しかし・・・あれから幾星霜。 スレッドは、失敗した朝顔の観察日記のようで、もうクリスマス、まぁ、イブだけど、まで1週間しかない。 休憩時間に自分でも検索してみたりするが、予算の崖に立ちふさがられて二進も三進もブルドックソース。このままじゃ、クリスマス解散。 ああ、俺はいつも野党だよ、なんて強がりを言おうにも1党では与党も野党もないので、そう言って仲間内でグチりつつのろけることも叶わない。 友人にメールしても忙しいようで、つまり、彼らは選挙運動真っ最中で、一応、連立政権を樹立したと思われる僕になんてかまってられないのだろう。 サミットは年明けだ。 そんなことはどうでもいい。 ネットで見つけたビンゴ大会付きクリスマスパーティーがようやく予算内だったので、速攻エントリー。 ビンゴで当たれば年末年始ハワイ7日間ご招待!! これだ。 夢。それがあれば盛り上がるに違いない。 ということで彼女に提案してみた。 「・・・パーティー? 二人でじゃないの?」 「・・・一緒にパーティーというのもいいんじゃないかな」 彼女は少し考えた後に「分かったわ」とだけ言った。電話を切った後、テレビをつけると「クリスマスの惨劇 消えた婚約者。クリスマスケーキ売場に謎の・・・」とかいうのを見ていたら、ビンゴパーティーのシーンが出てきた。 主人公たちは一等のパリ旅行に当たるのだが、それがきっかけで婚約者が失踪してしまうい、後に残されたヒロインが様々な事件に翻弄されていく。 それを見ていたらなんだか訳もなく涙が出てきてしまった。 こたつでうたた寝したせいでその日から風邪を引いてしまい、クリスマスイブ当日の今日もイマイチ体調不良。 「大丈夫?」 ドレスアップしてきた彼女の姿にテンションあがって「もちろん、大丈夫だよ」と空元気。 ビンゴパーティーは立食式で、最初は良かったけどだんだん体調が厳しくなってきてしまった。 「顔色、本当に良くないけど・・・」 「いや、もうビンゴだけだし・・・」 そう、彼女の表情にも明るさが見られない今、ハワイしかこの状況を逆転する手はないのだ。 二人のビンゴカードはすぐにリーチが出来たのだけど、その後、少し停滞し、先にビンゴを完成させたカップルが会場前方の福引きをまわして、三等のホームシアターをさらっていった。 その後もリーチは増えるのだけど、また先を越されてしまった。 でもハワイは出ていない。 「・・・なんか・・・脂汗出てるけど・・・」 「いや・・・大丈夫だ」 「38番!!」 あ、ビンゴ!! でも、声が出ない。 「ビンゴ!!」 彼女が叫んだ。意外だった、彼女がそんな大きな声を出せるなんて・・・。 福引きの前に行くと司会の女性が 「・・・あれ、大丈夫ですか・・・顔色がよろしくないようですけど・・・」 「・・・大丈夫、と言ってますので」 彼女に代理で返事してもらいながらも、僕は必死の思いで福引きを回した。 ガラガラガラと回し終わると、ポトリと出たのは赤玉だった。 「残念でした・・・クリスマスキャンドルです」 司会者の声を聞き終わる前に僕は床に倒れ込んだ。 バルブの権威の失墜について研究している。 関連文献を読み込んでいるのだが、発表された時期によってその評価が大きく変化する。 ある年から一定期間、それはその直前までよりも不当に低く評価されている。 発表された地域によってもその評価の高低に違いが見られる。 正月、一人で部屋でカップヌードルを食べながら、そんな文献を読み込んでいた。 バブルの馬鹿げた浮かれ話というのも、すべての人がそう言うわけではなかったのだ。 だから、今だって当然違う。 すべての人が不幸な正月を送っているわけじゃない。 僕だってあのビンゴが当たっていたら、今頃、勢いでチャペルで二人だけの式なんて挙げていたかもしれないんだ。 人生結局プラマイゼロ・・・♪ そんな歌詞の曲がラジオから流れていた。 そうだよな、きっと、そうだよな。 僕はそう心の中で呟きながらカップの中のシーフード味のスープをぐっと飲み干した。 終わり |
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