ショートショートバトル 5KBのゴングショー第26戦勝者

「刺激的な確率」

けんけん

 ピンポ――ン、ピンポ―――ン!
 ドアのベルが鳴る。ボタンを押したのだから当たり前だ。
 しばらくすると、ドアが開きエプロン姿の主婦が、顔を出した。今は、平日の昼間、平均的な家庭では、この時間帯にドアベルを押せば、主婦が顔を出す確率が一番高いだろう。もしくは、誰も出て来ないかだ。エプロン姿である確率までは、ちょっとわからない。
 とにかく、主婦がドアを開けると、玄関に男が立っていた。これも子供の悪戯(ピンポン・ダッシュというそうだ)でない限り、5割程度の確率であり、驚くほどのことはない。残りの5割は、言うまでもなく女が立っているパターンだ。間違っても、男が座っているなんてシチュエーションなどは考えられない。
 男は、深々と頭を下げると、高木と名乗り、玄関にやや強引に入った。主婦は、少々戸惑った様子で応対する。高木は、簡単に自己紹介を済ますと、持っていたカバンを開いた。
「突然、申し訳ありません」木は、カバンから一枚の紙切れを取り出しながら、そう言った。
「あのう、セールスでしたら、結構です。」主婦は、すぐにセールスマンだと言う考えに及んだようで、木の言葉を遮るよう言う。引け目を感じる必要などないのに、申し訳なさそうである。ただ、困っているだけなのかもしれない。主婦、と言っても、明美は結婚してまだ3週間、この手の対応に慣れていないのだろう。
 これは余計なお世話だが、新婚まもない明美は、アツアツでもホクホクでもなかった。 
 明美に限らず、世の中から感情を揺さぶるような出来事がなくなっていた。世界はとても平和で、結婚などできて当然。手に入らないものなどないのだ。それはとてもいいことではあったが、ひどく退屈なことだけが悩みだった。人々は、刺激を求めていた。全てが満たされた現在、セールスマンが訪れること自体、滅多にないことである。第一、満たされた世界では、セールスなど成り立つはずがないのだ。
「いえ、違うんです」仮に高木という男がセールスマンだとしても、これくらいの言い訳めいたことを言うかもしれないが、彼の表情は、真剣で嘘をついているようには見えない。
 木は、ジーパンにTシャツというラフな格好で、確かにイメージするセールスマンとは違う、と明美は思ったが、警戒心はいっそう増した。もちろん、この状況が嫌ではなかった。全てが満たされた平凡な毎日。退屈で仕方がない。万が一、殺されるようなことがあっても、こんな刺激的な状況を逃す手はないと思う人がいても、異常とは言えない世の中である。
「あのう」高木が、紙切れを見せるようにして話しはじめる。「これを見て下さい。」
 明美は、エプロンをはずしながら覗き込む。それは、古びた地図だった。
「信じてくださいと言っても、急には無理でしょうが、これは宝の地図なんです。」
 高木の地図を持つ手は、必要以上に力が入っており、信じたい気持ち2割、疑わしい気持ち8割で、とりあえず話を聞くことにした。
「そして、この地図が示しているのが、ちょうどこの家の庭なのです。」木が言う。主婦は、一瞬のトキメキを感じた。彼に恋をしたわけではない。
「騙されたと思って、庭を掘るだけ掘らせてください。もし、宝が見つかった場合、全て奥さんに差し上げます。庭も、元通りにしますし、損はありません。」
 明美は、少し考えた。確かに損をすることはない。こんな夢のような話はない、と思えたし、たとえ騙されても、損という不幸で貴重な体験をしてみたいほどだった。
「でも、それでは、あなたに何も得がありませんよ。」
「ええ、そうです。しかし、ここは、お宅の土地。宝は、奥さんの物です。」
 実際にお金や財宝が出て来ても、たいした価値はない。だから、誰の物でもいいのだ。たぶん、高木も明美もそう思ったに違いない。二人は、予想もつかないような宝の出現に期待していたのだ。
 明美は、裏庭からシャベルを持って戻ってくると、高木も車に積んであったらしいシャベルを持って待っていた。
「じゃあ、掘りますよ。」木が、明美の顔をちらりと見て言う。
「ええ」明美は、唾を飲みこみ、こんな素敵な瞬間を主人に伝えずに体験してしまうことに罪悪感を感じたが、そんな感情すら、とても新鮮で心地よかった。
 
 二人は、庭を掘った。
 そして、宝箱らしいものは、あまりにもあっけなく見つかった。明美の生まれて初めての力仕事は、5分も経たずに終わってしまったのだ。
「開けますか?」当たり前のことを木が言う。奥さんが開けますか? という意味だったのかもしれない。
「はい、開けてください。」明美は、高木の方を見ずに答える。
 そして、高木が、宝箱のカギをシャベルで壊し、蓋をゆっくりと開けた。明美は、あまりの緊張に死んでしまうかと思った。

 そのまま死ねば良かった。宝箱の中身を見て明美はそう思った。高木も大きな溜息をついた。中身は、なんと金銀財宝だったのだ。
 満たされた世の中では、こんなものほとんど価値がない。人間の価値感など、時代によって変わってしまうのだ。



 二人は、ガッカリした。緊張が解け、全身の力が抜けるのを感じた。木は、怒りに任せて宝箱、いや、ガラクタの箱を蹴り倒した。純金の王冠や、ダイヤの首飾りなどが飛び散る。主婦も、こぼれた宝の山を蹴飛ばす。
「あっ!」主婦が叫ぶ。
「どうした?」
 再び緊張感が辺りを包む。主婦が蹴り散らした宝石の中に、一丁の拳銃が転がっていたのだ。二人は、顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「やろうよ」主婦が言う。
「あれをかい?」
「ええ、やりましょ。」
「よし、やろう!」

「ロシアン・ルーレット―――!!」
 戦争どころか、ケンカひとつない平和な世の中、
5割の確率で死ぬなんて、こんな素敵な刺激、他にあろうか。

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