ショートショートバトル 5KBのゴングショー第259戦勝者

「ヨウカン」

古い羊羹を棚の奥で見つけた。
少し干からびていたけど、匂いをかいでみたら別に痛んでいないようだったので、客のお茶請けに出した。
客といっても招かざるのほうなので、痛痒を覚えたりはしない。
羊羹を食べながら、彼は滔々と、まるで目の前に私などいないかのように話し続ける。
私にとって客であっても、旦那にとってはお客様なのかもしれないので、お引き取り願います、とも言えない。
近所の夕餉の匂いが窓から入ってくる。
気をきかせて、もうそろそろ、などとは決していわないタイプであることは、重々承知の上なので、あえて「あ・・・」と言いながら柱時計をみたり、「そう言えば・・・」と呟きつつ冷蔵庫の方をみたりしてみたが、一行に帰る気配を見せない。
話の内容は、基本的にセールスマンが本題にはいる前に話す、いわゆる当たり障りのない探り系の話で、特に新しみがあるわけでもない。
本当のセールスマンならもっと気の利いたことを言うだろう。
ただ単に話すのを止めたら「主人は今日は遅くなるようですので・・・」と言って追い返されるのではないか、という恐怖感のようなものからしゃべり続けているにすぎない。
マグロのようなものだ。
柱時計が七時の時報を鳴らした。
さすがに腰を折られた感じたのか彼の話が中断する。
ぼーん、ぼーん、ぼーん。
半分鳴り終わった。
ぼーん、ぼーん、ぼーん。
残り一回だ。
ぼーん。
時報が鳴り止んだ。
相手は残っていたお茶をずずっとすすると、
「ご主人、戻られませんなぁ」
と言った。
「たぶん、今日は遅くなると思うので・・・」
「そうですか・・・」
やっと帰る。
そう思ったとき
「晩ご飯は何ですかな」
と信じられないことを相手は言った。
あんたがごちゃごちゃ話しているか準備なんかしてるわけがないだろ!
と叫び出しそうになるのをこらえ
「・・・そうですね・・・」
と口ごもる。

はたと気づいたように冷蔵庫に向かい、中から鉢に入った佃煮を持ってきて、ちゃぶ台の上に並べる。
「佃煮ですか、いいですな」
「ざざむし、はちのこ、いなごですのよ」
「ごちそうですな」
そう言いつつ、少しばかり相手が腰をずらしたのを見逃さず
「いつもはいなごだけですけど、実家の方から先日送られてきまして・・・ざざむし、はちのこ、ご存じです?」
「はちのこ、は知っておりますが・・・」
「どちらも高級品ですのよ」
相手は沈黙した。
馬鹿に長い時間が過ぎたように感じられたけど、時計の針は五分も進んでいない。
「あの、ご主人は遅いようですので、また出直してこようかと」
「あら、もう少しで戻ってくるかもしれませんので・・・」
「いえいえ」
そう言って相手はそそくさと立ち上がると玄関に向かった。
「大変おじゃましましたな」
「なにもおかまいもしませんで」
「ご主人によろしくお伝えください」
「はい」
「では、失礼します」
引き戸がぴしゃりと閉じられた。
私は茶の間に戻ると、鉢を持って仏壇の前に移動した。
仏壇に鉢をお供えしながら
「あなたが嫌いだった佃煮。あなたのお友達も嫌いでなによりだわ」
と言ってからすぐに鉢を下げ、お湯を沸かし、冷や飯を丼に盛り佃煮を載せ、お茶漬けにしてさらさらといただいた。



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