ショートショートバトル 5KBのゴングショー第245戦勝者

「いじめだ、これは。」

EZGO

とんでもないことを言われてしまった。
いじめだ、これは。
私が「いじめ」を看過していたのは、犯罪行為に等しい。
いや、犯罪そのものだ。
なぜ、私がここまで言われなければならないのか。
遺書を書きながら、憤りの炎でペン先が揺れる。
書き上げた遺書を読み直し、誤字や脱字、誤用などがないか、辞書でも確認し終えると、私はそれを白い封筒に入れ、その口を糊でしっかりと閉じた。
それから、買い置きの新しい下着、くつした、そしてクリーニングから戻ってきたスーツとシャツを身につけ、遺書を手に家を出た。
むかうは会社だ。
会社のビルの最上階から見を投げ、自らの潔白の証としたい。
車に乗り込み、エンジンをかける。
気温が低いせいか、少しばかりぐずったが、エンジンはかかった。
アクセルを軽く踏み込み静かに住宅地を抜け出る。
国道に出た後は、一路、本社ビルに向けて車を走らせる。
いつもは電車通勤なので、ひさしぶりに会社まで車を走らせていると、驚くほど町並みが変わっていた。
当然だ。この街は止まったら死ぬマグロのような街なのだ。
首都高速は思いの外、スムースに流れていて、私の最後にあたって、なにも障害がないことを暗示しているようだった。
きっと、私はきれいに死ねて、そして、皆が私の潔白を信じてくれる。
その時、空から白いものが落ちてきた。
雪だ。
こんなに早く都内に雪が降るのは珍しい。
きっと、天も私の潔白を演出してくれているのだろう。
白く積もった雪に落ちた私の回りに広がる深紅の模様。
車が本社ビルにつくと、雪がだんだん激しくなってきた。
私は車をビルの車寄せに止め、夜間出口の前に立ち、IDカードで認証し、ビルの中に入った。
エレベーターは、昨今の節電要請により一台しか動いていない。
おかしなことにそれは最上階に止まっていた。
私は呼び出しボタンを押した。
しかし、それは降りてくる様子がなかった。
いったいどういうことなんだ。
こんなところで時間を無駄にするわけにはいかない。
私は処女雪の上で真っ赤に散らねばならないのだ。
遺書をスーツの内ポケットにしまうと、非常階段へ出るドアへ向かった。
ドアはロックしてあるが、内側からは開けられる。
解錠して非常階段に出る。
室外階段ではないのだが、それでも少し温度が低い。
でも、好都合だ。最上階まで昇るなら、ちょっとくらい寒いほうが、汗だくにならずにすむ。
私は一歩一歩確実に階段を昇っていく。
一つのフロアを過ぎるごとに、この会社でのさまざま出来事が浮かんでは消えていく。
最初は営業部だった。
はじめての営業で大失敗をしたこと。
しかし、それは管理部門に移動する前のOJTのようなものだったこと。
管理部門ではさまざまな施策を提案し、成果をあげたこと。
傾きかけた会社を立て直すことにだって貢献したと自負している。
しかしだ。
また危機的状況にあるというのに、この私のしたことが「いじめ」などという幼稚な言節で貶められ、その上、居場所までなくなるなんて。
「飯山君、明日から生産管理部に移動になった」
あの常務の言い方はなんだ。
「飯山君、すまないが、また君に汚れ役をお願いすることになりそうだ」
なんて愁傷な顔で言っていたのはどこのどいつだ。
だんだん腹が立ってきた。
そのせいかどっと汗が出てきた。
まだ半分も昇っていないと言うのに。



ぐだぐだになりながらなんとか最上階まできた。
もうネクタイにも汗が染み込んでぐっちょりだ。
ドアを開けようとノブを握ると、鍵がかかっている。
馬鹿な。最上階なのに内側から開けられないなんて。
非常時にヘリポートに出られないじゃないか。
誰だ、こんな馬鹿げた仕様にしたのは。
へとへとになっていたのに新しい怒りが込み上げ、力がまた漲ってきた。
私は最上階へ出るドアを開けるためにできることをすべてした。
狭い踊り場なので、勢いはそれほどつけられないが、タックルしたり、飛び蹴りを食らわせたり、何度も何度も蹴りを入れたり・・・。
しかし、そんなことで厚い防火扉をどうにかできるわけはなかった。
脱ぎ捨てたスーツから遺書を取り出してみると、万年筆で書いた文字はぐしゃぐしゃで、この最上階の踊り場から、ぐるぐると渦巻く階段の中に飛び降りても、私の潔白は晴れらせそうになかった。
しかし、このままここでこんな格好でいるわけにもいかない。
がちゃん。
振り向くと防火扉が開いていた。
どうして、と思う間もなく、扉はガッと大きく開き、そこから雪が激しく吹き込んできた。私は恐ろしいほどの風と雪に巻かれるように、渦巻く階段の中に落ちていった。



「人事部長が非常階段で死んでたんだって・・・」
「うそぉ」
翌朝、非常階段の中で発見された遺体は、G社の人事部長飯山太一氏(52)であると、すぐにわかった。
しかし、警察はもちろん、社内の人間もなぜ、彼が全裸でそんなところで死んでいたのかはわからなかった。
おかしなことに死体の上には雪のようなものが数ミリほど積もっていたのだが、それについても当然のことながらわかるものは誰もいなかった。



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