ショートショートバトル 5KBのゴングショー第238戦勝者

「潮氏汚名」

しおさらり

 粉を買わなければ。
 彼はそう心の中でつぶやきながら急いだ。
 村はずれの店舗にはなかった。まずい、このままだと時間に・・・。
 乗るための馬が訳あって今はないので、歩いていくしかない。
 もう一つの店は反対方向の橋の先だ。
 彼は駆け出す。
 息を切らせながらその店のドアを叩く。
「誰か、誰かいませんか」
 返事はない。
 粉がなければ、パンが焼けない。パンを焼いておかなければ、主人に折檻さ
れる。
 彼はドアをさらに激しく叩いた。
「どなた様で」
「マルドウイッチ様のところのモノです」
「マル、なんですって」
「村はずれにあるマル・・・」
「ああ、あの村はずれの」
 ドアが手前に押し開けられ、彼は鼻面をドアにノックし返された。
「おっと、すみませんね」
 店の主人は彼が顔の真ん中を抑えてうめいているので、そう謝った。 
「いや、いいんです。それよりも粉を売ってくれますか」
「粉、ですか」
「ええ」
「何に使うんですか、そんなもの」
「パンを焼くのです」
 主人は眉根を寄せ、口をへの字にして「パン、か」と吐き捨てるように小声で言った。
「なにか、気に障ることでも」
「いえ、在庫があまりありませんでね」
「ほんの少しでいいんです」
 こうした押し問答のようなことの後、彼はようやく一袋の粉を買うことができた。
 マルドウイッチ様から持たされた金貨全部を使ってしまったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。早く帰ってパンを焼かないと。
 彼は村の中心の十字路まで一気に戻ると、そのまま右折して館に向かった。
 館に着くと、もう日はえらく傾いていた。その上、彼は村の方々を行ったり来たりしたせいで、ヘトヘトだった。でも、折檻が怖いのでパンを焼く準備をした。
 まず、石でできたこね鉢に粉を少し入れて、塩と水と山羊の乳をほんの少し加えた。そして、それを力一杯こね始めた。こねては粉を少し足し、少し堅くなりすぎたかなという感じになったら、塩と水と乳を加え、またこねる。
 そんなことを何度も何度も繰り返し彼はやっとパンの種をこね上げた。
「ふーっ」
 思わずため息が出た。しかし、こんなところで休んでいる暇はない。
 薪を追加して火を起こしておいた窯から、真っ赤に燃えている薪を火掻棒で取り出して、周囲の灰を脇へどけて作った空間に種を並べ終えると、彼はバッタリと倒れ込んでしまった。
 そのうち窯からは美味しそうなパンの焼ける匂いが漂い始めた。
 しかし、彼はピクリともしない。
 匂いはそのうちちょっと焦げ臭くなってきたが、彼はまだ動かない。
 表の方が騒がしくなった。館の主人が戻ってきたのだ。
「どうしたんだ、この匂いは」
 主人はお付きの者たちを従え厨房に入ってきた。
「どうしたの、ミッキー!!」
 メイドのレニーが駆け寄ったが、彼は既に事切れていた。
「パンはどうなったのだ?」
 主人がそう言うと、「黒こげです」と召使いの一人が答えた。
「どうすればいいのだ。お客様にお出しするモノがなにもないぞ」
「ここに死んだばかりのまるまる太ったヤマネズミがあるではありませんか」
「おお、そうだな。では、そちに料理してもらうとしよう」
 レニーは呆然と炊事担当の召使いが仕事をテキパキとするのを見ていました。

おわり

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