ショートショートバトル 5KBのゴングショー第22戦勝者

「女(ファム)」

砂倉 櫻

 一晩を共に過ごした女と、朝を迎えた。
 昨夜バーで飲んでいてたら、彼女がこっちを見、ふふふ、と笑いかけたのだった。その蠱惑的な笑みと美しさに、やばいかも、と思いつつわれるまま女についてホテルへ入ったのだった。
 幸い、美人局(つつもたせ)ではなかった。
 朝の光の中、彼女がみづくろいをしていた。僕はベッドの上で、まだ半分まどろみながら彼女を見つめていた。シルエットの彼女はため息が出るほど美しかった。青いビロードのドレスは細身の体を強調し、同じ色のスエードの靴はびっくりするほどかかとが高い。
 どうしたんだろうな、昨日の服装とは違うような。……まあ、酔っていたから、記憶違いだろう。
 彼女はおくれ毛をかき上げてピンで留めると、バッグからコンパクトを出すとおしろいをつけなおした。
 女の子のかばんって小さいものだけれど、それにしても彼女のバッグは小さい。服装から考えると、昨日は何かのパーティーにでも出席した帰りだったのだろうか。そんなふうに思いながら見ていると、彼女は、さらにバッグから口紅とアイシャドウを取り出した。
 バッグは、それほど膨れ上がってはいなかった。一体どうやってものを詰め込んでいるのか、ちょっと不思議に思った。ひょっとしたら、金は男に払わせて財布はもってないのかもしれない。それならあんな風に男を誘うのも道理だ。
 彼女は、今度は文庫本を取り出し、しおりが挟まっているページを確認してからバッグに戻した。それを見たとき僕はびっくりした。彼女のバッグは文庫本とおっつかつの大きさだったからだ。
「一体そのバッグ、何が入っているの?」僕は訪ねた。
 すると彼女はなぞめいた微笑を浮かべ、
「見てみる?」
と言い、中に入っているものをひとつづつベッドサイドテーブルに並べ始めた。
 コンパクト、口紅、紅筆、アイシャドウ、櫛、油取り紙が出てきた。ハサミのできそこないみたいなものは、ビューラーといってまつげをくるんと丸めるために使うものであるらしい。そして小さいハンドクリームと香水の瓶。
 それから試供品のシャンプーとリンス、ソーイングセット、さっき見た文庫本、テレクラの広告のついたティッシュ、ハンカチ、携帯電話、コンドームが2枚とマイルーラが1枚、生理用品、そして一応財布も入っていた。
「こんなに入っていたの?」僕は驚きあきれて言った。
「まさか。もっとあるわよ。」
 そう言うと彼女は、次から次へと、いろんなものを取り出した。ヘアドライアー、中華鍋、ネグリジェ、CDプレーヤー、フランスパンが1本、アイロン、29型テレビ、昨日着ていたのとも今着ているのとも違う服と靴、さらに等身大のテディベアのぬいぐるみ、百科事典、机、新巻鮭、物干し竿、バスタオル、水洗便器が出てきた。
 僕は、おそるおそる彼女に聞いた。
「これで終わり?」
「いえ、この世にあるものすべてを取り出せるわ。でも、自動車や家や飛行機や地球を取り出しちゃったら後で戻すのが大変だもの。」
 僕は、あわてて彼女の膝の上で口を開けているバッグをのぞき込んだ。
 中は暗黒の虚空だった。
 その瞬間、彼女は僕をバッグの中に押しこんだ。僕はまっさかさまにバッグの中に落ちた。出ようとしたが、後から後から、さっき出していたテレビやらテデイベアやらが投げ込まれ、どんどん内側へ押しやられた。そして最後に、ぱちん、とバッグの口金が閉まる音がし、僕は暗闇に閉じこめられた。
「ここはいったいどこなんだ! 出せ!」僕は叫んだ。
「まあ待ってらっしゃい、そのうち何かに生まれ変わるわよ。机や椅子みたいな無生物かもしれないし、木や草かもしれないし、牛や馬かもしれないけれど。うまくしたら人間に生まれることができるわ。ゴキブリなんかじゃなきゃいいわね。」彼女の声と高笑いがどこからか響き続けた。
「だって、すべてを産むのは、女なのよ。」

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