ショートショートバトル 5KBのゴングショー第203戦勝者

「こんなタイトルで小説を書いて欲しい」

木春三茶

私は作家なのだが、最近、あまりにも新作を書いていないので、皆から忘れられてしまった。
しかし、熱烈なごく一部のファンがかなりいるので(いや、決して自慢ではない)、その人たちのおかげでなんとか、生きている。
しかし、最近、届いたファンレターには参った。
「こんなタイトルで小説を書いて欲しい」
という表題のメールで、タイトルが1000ぐらい並んでいる。
それを見ると、ああ、私の出版した本を全部並べてもこんなにタイトルは並ばない。でも、これを全部書けば、過去作品+この1000で、ファンの期待にこたえることができるな。などと思いつつも、このタイトルにふさわしい作品の内容は・・・、と、仔細にタイトルを検討しているうちに、なぜか、「こんなタイトルで小説を書いて欲しい」という小説を書きたくなってしまった。

どうも、わたしは生来のへそ曲がりで、ファンの皆さんも、そういうのがあえて好きという、少し、いや、それはファンに対して失礼なので、これ以上語らないが・・・。



作品に番号を振るのがクラシックな作家のやり方だったが、最近は、主題を表現するタイトルをつけるのが一般的だ。
小説の神様と呼ばれた「クタバッテ・シマイ・マシタ・イ・タイ」の作品は、長編系の作家だったため、「作品番号13」までだった。
しかし、最近の作家は小品を書いて番号を水増しするのがどうも流行のようである。
そのため、作品番号を振ることをあえて禁じてにしたのが、ハルーキ・ムラー・カミマンシルである。
彼は、短い作品をかなり書くのであるが、その際に、一切作品番号を振らなかった。今までにないその手法に、業界は騒然となった。
なぜ、彼は自己の量産力を誇示しないのか?
だが、彼はたくさん書かなくても、良質なものを書けばいいのだ。そう訴えたかったようである。
と、この間、読んだ文学史に書いてあった。


そんな時代があったのか・・・。
中島みゆきの「時代」の歌詞のようなことを呟いて、私は、リストをもう一度見直してみた。
そのとき、あ、と気づいた。
それは、そういう名前のプロットだったのだ。
驚愕の事実に、「やられた」と思わず呟いてしまった。

作家として、ファンレターにやられるのは、「作家失格」
そう思うと、桜の季節に玉川上水に漬かりに行こうと、思わずにいられない、そんな、そんな冬の夜明けだった。

終わり

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