ショートショートバトル 5KBのゴングショー第202戦勝者

「報告書」

nandaimon

 この前の件について、報告をもとめられているのだが、ことがことだけに、その記述には慎重さを要する。
 上司の上司は、日本語の使用方法の間違いについて、誰よりも厳格で、そのため、上司も同様な方針を採っている。
 先日、報告書を提出した際、その承認までに、何度書き直しを命じられたことか・・・。
 日本語では、英語と違い、物が主格になる受動形の文章は「マズイ」と指摘され、それ以降、まともに文章がつづれない。
 そんなこともないだろう、とは内心思っても、上司の言うことは絶対である。
 反論しようものなら、降格、悪ければ左遷である。

 恐怖政治による言論統制。

 そのような言葉を残して去っていった元同僚と、ひさしぶりに街角で出会った。
「よぉ、元気・・・ないみたいだな」
 こいつは、はっきり言って、懲戒解雇された男だ。
 表面上は依願退職扱いではあるが。
「まぁいろいろあって、な」
 クビになったやつのほうが、なぜか明るくて、会社に残ったこっちのほうが、心配される。
 どこかおかしい。
「こっちも、大変でさ・・・」
 やつは、どれほど今の仕事が大変かということを語り始めた。
 道行く人が、俺たちのことを横目でちら見して、通り過ぎていく。
 やつの声はデカイ。
 大変だ、大変だ、といいつつも、その表情は、やりがいに満ちた仕事をしているんだ、うらやましいだろう、っというように見える。
「・・・そういえば、Uさん、どうしている?」
 やつは大変話から急に話を変え、自分をクビにした上司の動向を聞いてきた。
「どうもこうも、さらに出世したよ」
「へぇ、そりゃすごい」
 いちいち気に障る言い方だ。
「まぁ、お陰で、うんざり度合いが更にアップだけどな」
 そうこぼすと、
「じゃあ、なんで辞めないんだよ」
「え?」
 相手の表情が先ほどまでとは違っていて、少し動揺した。
「不満があるなら、辞めればいいだろ」
「不満があるから、って、辞められるような経済環境かよ」
 そう言うと、やつは目で、後ろを見ろと合図した。
 振り向くと、件の上司Uがこちらをじっと見ている。
 私が軽く会釈をすると、彼は足早に近づいてきて、
「Oくん、元気かね」
とやつに話しかけた。
「お陰さまで、事業もうまくいきましたし・・・」
 クビにした側とクビにされた側の間で、私は途方にくれた。
「あ、君、ちょっと彼と話があるのだが、君も同席するかね?」
と上司に言われ、
「い、いえ、私、所用がありますので・・・」
と言葉を濁すと、
「そうかね。・・・では、行こうか」
「はい」
 去っていく二人を呆然と見送ったあと、駅に向かう。
 駅のホームで電車を待っていると、人身事故で遅延中というアナウンスが流れた。
 寒空のした、来るあてのない電車を待っていると、メールの着信があった。

「報告書について」

提出の必要はないので

ヨロシク

とだけ書かれた上司からのメールだった。

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