ショートショートバトル 5KBのゴングショー第192戦勝者
あっくん
いろいろな小説がある。 それは小説が自由だからだ。 殺人を書いてもいいし、恋愛を書いてもいい。世界の破滅を書こうと、宇宙大帝国を書こうと、人類の起源を書こうと、戦国時代を書こうと、自由だ。 ボクもいろいろな小説を書いてきた。 ホラーも恋愛もSFもファンタジーもハードボイルドもパロディも。 カラーが決まっていると、それなりに満足した小説に思える。 でも、最近、色が自分で見えない。 比喩でなく、世界が灰色に見える。 そのせいか、小説の文字を赤とか緑にして書いてみたりする。 ひどいときは、一行おきに文字の色を変えたりする。 変えたところで、内容に変わりはない。 友人が死んだ。 それが、かなりこたえているのだろう。 ボクが殺したようなものだから、特にそう感じるのだと思う。 ブルータスお前もか。 とシーザーが言ったとか、言わないとか。 それと同じようなことを、彼にした。 その代わりに、ボクはある女性と結ばれた。 こう書くと、そんなことよくあることだろ、と言われるかも知れない。 彼が、死ぬその間際まで、ボクのことを信じていた。 それが、ボクを苦しめるのだ。 愛しい彼女の笑顔を見るたびに、彼のことが思い出されるようになり、最近は、彼女にも暗い顔を見せてばかりいる。そのせいか、二人の中もぎくしゃくしてきてしまっている。 別に、彼をビルの屋上から突き落とした、とかではない。 彼は自殺だ。 遺書はなかった。 彼を裏切っていたことを知っているのは、ボクと・・・・・・。 「もしかして、私のこと嫌いになった?」 彼女の表情も最近、曇りがちだ。 でも、それもボクのせいだ。 決して、彼女のことを嫌いになったわけではない。 でも、 「もしかすると」 「もしかすると?」 「そうなのかもしれない」 彼女の両目から涙があふれ出し、それは、この狭い部屋を水没させるに十分なように思えた。 「ごめん」 ボクは素直に謝った。 しかし、彼女は泣き続けた。 ボクもいつの間にか涙を流していた。 二人の涙で、水没した世界で、死ねたら、いいのかもしれない。 でも、それは彼が許さないだろ。 明日、締め切りの小説を書かないと。 ボクは、泣き続ける彼女をあとに、仕事部屋に入った。 モニターの電源を入れる。 旧式のモニターの画面が割れ、そこから信じられないほどのグレイの水が流れ出した。 「逃げて!!」 ボクは彼女に叫んだ。 でも、 ボクらの世界は一瞬で水に飲み込まれてしまった。 水中を漂う彼女の泣き顔が、悲しかった。 |
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