ショートショートバトル 5KBのゴングショー第187戦勝者
oh!nema
それは6月の中旬のことだった。 薫が学校からの帰り道、道端でみつけた紫陽花が枯れてしまったのは。 いつもの通学路で、顔見知りの高梁さんに何度か会ったのだが、何を話したのか全く覚えていない。彼は一度ならず彼女を誘ったのたが、当の薫が気づく気配すらみせないのだから。 「薫さんはいつもこの道なんだね」 「そうですね」 「飽きないかい?」 「飽きる?」 「だって、君くらいの年齢なら、いろいろしたいじゃないか」 薫は高梁の軽口に真剣に悩むように眉根を寄せた。 「いや、そんな真剣にならなくても・・・」 高梁はなぜか足をかきかきそういった。 高梁との短い会話は常にそんなかんじだった。 薫はすぐに忘れてしまうのだが。 ある日、梅雨というには、いささか激し過ぎる雨が降った日、高梁が傘もささずに、いつものところに立っていた。 「どうしたのですか、傘もささずに?」 怪訝に思った薫がそう言った。 高梁は無言で薫をみつめ、たたずむのみ。 その眼差しには、ある種の決心のようなものが含まれていた。 「薫さん、あなたは・・・」 高梁が言葉をやっと吐き出すようにつぶやいた時、稲光が!! 薫は驚いて短く悲鳴をあげる。 彼女の傘が飛ばされ、転がっていく。 高梁は、それを素早く拾いあげ、薫の上にさしかける。 「・・・ありがとう」 「いえ・・・」 無言の二人を包み込むように、雨が優しくなっていった。 翌日、薫が自分の教室に行くと、クラスメイトの一人である美明が 「薫、なんかあった?」 と興味津々な目をしながら尋ねてきた。 「なにかって?」 「えー、すっとぼけちゃって・・・」 周りに他のクラスメイト達も集まってきて、ガールズトークは延々と続いていきそうだったが、1時間目の担当科目の教師が入ってきて、それは唐突に終わった。 「では、教科書の・・・」 薫は、教師の言葉を聞き流しながら、窓の外の景色を眺めていた。弱い雨が降っている。でも、もうすぐ晴れそうな予感がした。 放課後、美明と一緒に帰ることになった。 雨が止んで、水たまりがアスファルトのくぼみに出来ていた。 たわいのない話をしながら、美明と薫が歩いていくうちに、高梁といつも出会う場所にたどり着いた。 (あれ、今日は高梁さんいないんだ) 「どうかした?」 「ん、いや、どうもしないよ」 「それでさぁ・・・」 薫がふと目をやった先に植えられている紫陽花が、まだ六月だというのに、なぜかすでに枯れていた。 その年の梅雨は、いつもよりも早く明けて、暑い夏が早めにやってきた。 美明といつの間にか、よく一緒にいるようになった薫だった。 「薫さぁ、今時、その髪型は、ないんじゃないの?」 「え?」 「その、『みつあみ』っていうの? ちょっとダサくない」 「そうだね、ちょっとダサイかも」 「でしょー。で、話変わるけど・・・」 美明の言葉が耳から耳へと抜けていく。 放課後。 薫と一緒に帰ろうとする美明に、彼女は言った。 「ごめんね。今日は、ちょっと用事あるから」 「え。・・・あ、そう。じゃあ、また明日」 「うん」 薫は学校の帰り道にある、洒落た感じのカットハウスに初めて入った。 かなり待たされて薫の番が回ってきた。 「どういたしましょうか」 「バッサリと切ってください」 「バッサリですか・・・。ちょっとお待ちください」 担当の若い男性が席を外し、ちょっと年嵩の男性に変わった。 「バッサリって、これくらいなか?」 その男は、彼女の三つ編みをつまんで持ち上げて、そう言った。 「そうですね、それくらい」 ものの二〇分ほどで、カットは終わり、薫が鏡の中の見知らぬ顔をマジマジと見つめていると、 「ダメだったかな?」 と男性が、ちょっと困ったような表情でそう言った。 「いえ、そう言う訳じゃないけど・・・」 「気に入らなかったら、直すから、また来てよ」 「・・・そうですね。ちょっと様子見てみます」 「ありがとう」 男性はそう言って、いたずらっぽい笑みを浮かべた。 それは全然似ていないのだけど、なぜか高梁のことを薫に思い出させた。 |
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