ショートショートバトル 5KBのゴングショー第182戦勝者

「死にゆく人」

奈々

 ー 3年前のあの日 ー クリスマスイブの前日だった。俺は彼女と、いつもの場所で、いつもの時間に、いつもの喫茶店で会う約束をしていた。窓際のあの席で。彼女はいつも俺を待たせた。でも俺は、駅前のあの喫茶店の窓から、彼女を探すのが好きだった。
 駅から下りてきた彼女は、左腕の時計に必ず一瞬、チラリと目をやり、そして 「 マズい!! 」という表情を見せると急ぎ足で、目の前の信号を渡り、俺の待つ喫茶店へ息を切らせながら走ってくる。そして窓際から頬杖をつき、自分を待つ俺を見つけると、ペロリと舌を出し、いたずらな顔をしてみせるのだ。だけど、あの日は違った。 ー あの日。そう、3年前の あの日 ー いつもの様に俺は、窓際の席で彼女の姿を探していた。その時、背後から彼女の声が聞こえた。 「 ごめん..遅れちゃった 」 俺は驚いた。
 彼女を見失う事など、今まで一度もなかったのに..! 俺は、今までにない奇妙な思いを感じ、少しうろたえた。彼女はなんだか本当に申し訳なさそうに、ただうつむいていた。 「 来たの、気付かなかったよ 」 俺は半分、笑いながら、彼女を席にすすめた。
 すると彼女は、「 ごめんなさい、本当に 」 と消え入りそうな細い声で、席につくのをためらった。どうしたというのだろう? デートの遅刻なんて、いつもの事だろ? 俺は訳がわからずに、ただ、彼女を見つめていた。その時だった。彼女からの思いがけない言葉が俺の心臓の鼓動を一瞬、 本当に一瞬、止めたのだ。 「 今日で終わりにしたいの。 ごめんなさい、本当に。訳は.. 訳は聞かない方が良いと思うの、だって、あなたを苦しませるだけだから... 本当にごめんなさい。あなたの事、大好きだったわ。ありがとう、 さよなら。」
 俺は全身が凍り付いた。一瞬、止まった心臓の鼓動が、今度は激しく、耳の奥底に鳴り響いた。彼女のヒールの足音が遠ざかり、消え入りそうになった時、俺は彼女を追いかけようと席を立ち上がり、窓から彼女の姿を探した。その時、俺の目に飛び込んできたのは....
あふれんばかりの彼女の笑顔と 彼女を抱き寄せ、頭を撫でる男の姿だった。そいつは、そいつは、.... 俺の親友の賢吾だった。
ー 3年前...。ー  それが3年前の話だ。親友の裏切り、彼女の裏切り。立ち直るまで時間はかかったけれど、今、俺の目の前に、大どんでん返しするチャンスが巡ってきたのだ。俺は今、あの喫茶店にいる。目の前にはあの頃と変わらない美しい彼女がいる。そして笑える話が
 ある。俺の彼女を奪った男。俺を裏切ったあの男。ヤツが、もうすぐ死ぬらしい。末期の癌らしいのだ。天罰だ。天罰が下ったのだ。俺がひどい男と思うか?あの苦しみを味わえば、きっと俺と同じ気持ちになるさ。愉快だね。ああ、愉快だ!! 人の幸せを奪えば、それなりの
 罰を受けなければならないのだ。彼女は俺の元にその内、帰ってくるだろう。俺は彼女からヤツの知らせを聞いて心の中で笑っていた。
「 色々あったけど、やっぱり、親友だったし、彼のお見舞いに行ってあげて欲しいの。図々しい女と思うかもしれないけど...。  」
「 昔話じゃないか。気に止める事などないさ。じゃあ、今からでも行ってみるよ。 」 「 ん..。ありがとう。 」彼女とのやりとりが終わると、俺はバイクを走らせ、胸を踊らせながら、ヤツの病院へ行った。ノックを3回ほどして部屋に入ると、ずいぶんと痩せこけちまったヤツの姿があった。「 久しぶりだな。3年ぶりか。 」俺は心配を装い、ヤツを哀れんだ目で見つめてやった。「 ああ... 。 」ヤツは
 力なく答えた。「 なんだい、元気だせよ、すぐに退院できるさ。 」俺は心にもない事を言ってのけた。 「 いや、俺は、もう長くないんだ。余命1ヶ月あるかないかじゃないか。自分の身体の事はわかっているからな。でも、アイツとの結婚を約束しているから、そうそう死ぬわけにはいかんのさ。」 結婚だって!? 人のものを盗んでおいて、良くヌケヌケと言えたもんだぜ。安心しろよ、彼女は俺がいるからさ。元々は俺のもんだったんだ。返してもらうだけだけど。どうせ、お前は死ぬんだ。俺はこれから先、まだまだ人生、長いからな。悪いな、彼女といい家庭を作らせてもらうよ。10分程であろうか、ヤツとの会話を楽しんだ俺は、バイクに股がり、暗闇をハイスピードで走り抜けた。いい気持ちだ!! これからのヤツの苦しみを見れると思ったら、今までの苦しみなんて、吹っ飛んじまう!! いい気分になって
 スピードを出しすぎていた。目の前のトラックをよけきれず、俺は... 俺は.... 。
次の日、朝刊には小さく載ったバイク事故の死亡記事の隣には一面に、こんな記事が載っていた。
   ー ついに、新薬を開発!! 末期癌患者、助かる!! ー



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