ショートショートバトル 5KBのゴングショー第179戦勝者

「アレ」

南大門

「大臣、某国にて開発された例の(アレ)ですが……」
 法務大臣執務室。大臣にそう語りかける黒服の男。胡散臭さが滲み出るチョビ髭に、ロイド眼鏡。
「アレというと……」
 大臣もすっとぼけた顔をして、その姿は、ゴムを素材にした料理のようである。
 もちろんアレとは、某国にて開発され、その成果に各国が驚愕したというアレである。その噂はネット中を飛び交い、マスコミでは報じられないが、ネットユーザーなら誰もが知っているというアレである。
「で、それは、今年度の予算で購入可能なのかね?」
 大臣はそう言いながら、手元の(大臣の印)をもてあそぶ。くるくると回す様は、ペン回しならぬ印回し。
 よく、この短い指でここまで器用に……。回しやすいとは思えぬ印鑑を上手に回すモノだ、とロイド眼鏡の奥の目は見ていたが、
「そうですね、たぶん……」
「たぶん?」
 大臣の手の中の印鑑がぴたっと止まった。そして、印鑑はゆっくりと机の上に下ろされた。
「いえ、多分と申しましたのは、なにぶん、某国は、アレですので……」
 大臣は印鑑を再びつまみ上げ、今度は手の中で転がし始めた。
「君の謂わんとすることろは、分からぬでもない。だがね、国家には予算というモノがあり、それを超えるようでは、購入はままならんのだよ」
 当たり前すぎる話しを、さも相手に「知らないのか」とでもいうように言う。予算が足りなければモノが買えない。そんなことは幼稚園生だって分かる話だ。
 チョビ髭は、「そうですな……」と口の中で言ってから
「予算内に収めるのも、私の仕事のうちですから、それは当然であります。ですが……」
「ですが、かね?」
 そうです、金ですよ。そう心の中でロイド眼鏡はつぶやいた。
 しかし、彼の唇は真一文字に閉じられたままであり、千円札さえもそのスリットに押し込むことは不可能に見えた。
 金を入れないと自販機は何も出してはくれない。それも、幼稚園生でも分かる常識中の常識だった。しかし、最近は、タスポがなければ、金のみ入れただけれは、タバコは買えない。その辺までは、さすがに幼稚園生も把握していないのではなかろうか。
 焦れた大臣は「……なんとか言ったらどうかね」と「つい」言ってしまった。
「なんとか」
と、口の中でだけつぶやいた黒服は、
「そうですね、ご予算は如何ほどでしたでしょうか?」
と明瞭に、誰が聞いても聞き間違いのないように、言った。
 分かりきっていることを……。そう大臣は頭の中で「ふざけた商売人め」という言葉を追加してつぶやいたが、
「そうだね、予算は確か……」
といいつつ、執務机の上のファイルを取り上げて、ポーカーの札を見るのと同じ手法で盗み見た。
「……だよ」
 その金額は、ここに明記すれば、一騒動おきそうな金額であるので、あえて伏せておくこととしよう。
「その額でしたら、通常値引きにて、充分ご予算内に収まります」
「そうか、それはよかった」
 大臣の顔に太陽のような笑顔が浮かんだ。
 しかし、その目は、今にも、にわか雨の降り出しそうな雲の色をしていた。
「では、明日、設置工事に取りかからせていただきます」
「よろしく頼むよ」

 こうして、黒服は去り、大臣は、深々と大臣の椅子に沈み込み、夜になった。

 翌朝、業者が大勢やってきて、執務室は大騒ぎとなった。
「……たく」
「大臣、朝からお騒がせして申し訳ありません。午前中で作業は終わりますので……」
「あの……君は、どうしたのかね」
「……は、……実は、昨日、交通事故に遭いまして……」
「事故に……」
「ええ、幸い一命は取り留めたのですが……」
 朝っぱら、あまり聞きたくない内容だった。
「まぁ、あとで見舞いの品を贈っておこう。じゃあ、あとは秘書に任せたから」
 そう言って大臣は、どこかへ避難していった。

 大臣が戻ってくると、執務机の右端に「赤いボタン」が設置されていた。ボタン以外には、特に大きな装置があるようにも見えないのだが、まぁ、きっと素人目には分からない何かが据え付けられているのだろう。
「さてと……」
 大臣は椅子に座ると、さっそく、そのボタンを押してみた。
 特に何が起きるというわけではなかった。
「おかしいな、たしかあの男の話では……」
 何度も、タイミングやインターバルを変えながら押し続けたのだが、黒服の説明したような「結果」は確認できなかった。
 激昂した大臣は、秘書に「……へ、連絡しろ!」と怒鳴りつけた。
 この単なるボタンだけで、今年度の予算の半分以上を持って行きやがって……。
 彼の目はボタンの色よりも赤かった。赤と言うよりも黒みを帯びた、ガーネットのような色合いになっていた。

 しばらくしても、秘書からの返事すらない。
 一体、どうなっているんだ……。
 大臣は、ふと左に目を向けてみて、そこにドアがあることに気がついた。
 それで彼はドアを開けて見た。
 すると、そこは、見知らぬ工場のような場所だった。
 ベルトコンベアーで次から次へと何か固まりが運ばれては、処理機の中に落ちていく。モノが処理機の中に入ると、粉砕するような、耳障りな音がする。でも、それは、ほんの三十秒ほどで止まる。すると、次のモノが丁度落ち込むという、正に廃品処理システムの見本のような機械だった。
 それを見て、大臣は
「なるほど、予算の半分をつぎ込んだだけの価値はあったな」
とつぶやき、執務室へ戻っていった。


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