ショートショートバトル 5KBのゴングショー第173戦勝者

「『お姉ちゃんに花束を』」

岡谷

僕がその女の子を見たとき。

『何でそんなところにいるんだろう?』

と思った。


女の子がいたのは、崖の上。

小さな花束をその胸に抱えていた。


見ていると。

女の子は手を合わせ。

小さな花束を、置いた。


それから女の子はこっちへ走ってきて。

僕の横を走り去って行った。


女の子が置いたのか。

崖にはたくさんの花束が見えた。


「あの子、見たんですか」

僕はその日泊まった宿で仲居さんに、崖に花束を供える女の子の話をした。

仲居さんは少し驚いたような戸惑ったようなそんな顔をして、僕にそう言った。

それからしばらく考え込むような顔をして。

「あの子は・・・・・・」


僕にその女の子の話をしてくれた。


あの子には歳の離れたお姉さんがいました。
とても綺麗で優しいお姉さんで。
妹のあの子をとても可愛がっていました。
あの子もお姉さんが大好きで。
仲のいい姉妹でしたよ。
でも、お姉さんは。
あの崖から飛び降りて死んでしまったんですよ。
お付き合いしていた方がいたらしいんですが。
その方が他の方と婚約を・・・・・・。
お姉さんが亡くなってから。
ずっと、あの子はあの崖に、花を供えているんですよ・・・・・・。


「毎日のようにね」

そう言うと、仲居さんは悲しそうに目を伏せて、部屋から出て行った。

僕は崖を埋め尽くしてしまいそうなほどの花束を思い出していた。


その次の日だった。

僕はパトカーの音で目が覚めた。

不思議に思った僕は、仲居さんを呼んで聞いた。

「どうしたんですか?」

「・・・・・・昨日、お話した崖から。・・・・・・男の人が落ちて亡くなったそうですよ」


その時はそれ以上分からなかった。

詳しい話はその夜、聞くことになった。


昨日の夜に、崖から転落したらしいですよ。
崖の花束を踏んでしまって、足を滑らしたらしいんです。
バランスを崩してそのまま・・・・・・。

その方。
あの子のお姉さんの恋人だった方、らしいです。

やはり心が痛んだんですかね。
お姉さんの亡くなった崖に行くなんて。

それでお亡くなりになるなんて・・・・・・。


僕は黙って話を聞いていた。


次の日。

僕は帰る前に、あの崖に行ってみようと思った。

警察がウロウロしているかと心配したけれど、警察も事故と断定したのだろう。

テープだけははられていたが、人の姿は無かった。


僕はボンヤリと崖を眺めていた。


しばらくして気がついた。

あの女の子が僕の横に、立っていた。


僕は話しかけた。

「今日は、花束を持ってないのかい?」

女の子は少し、笑って言った。

「うん。もう、いいの」


僕は、分かった気がした。


この子が崖に花を供えていたのは、この日のためだった。
お姉さんを死なせた男が許せなくて。
花を供え続けた。
花はいつかは枯れて腐る。
この子は枯れて腐った花の上に新しい花を供え続けた。

・・・・・・あの崖が。
・・・・・・枯れて腐った花の残骸で。
・・・・・・滑りやすくなるまで。


黙ったままの僕に、女の子は言った。

「お姉ちゃんが死んじゃった場所に、花束をお供えしてって、お電話したの」

「そうか」

「そしたらね。来てくれたの」


女の子は、そう言って僕を見た。

「・・・・・・」

僕は女の子に背を向け、その場を離れた。


後ろから、女の子の声が聞こえた。


「お姉ちゃん。これでずっと好きな人と一緒だね」


振り返って見た女の子は。


優しいような残酷なような顔で微笑んでいた。

[前の殿堂作品][殿堂作品ランダムリンク][次の殿堂作品]


[HOME][小説の部屋][感想掲示板][リンクの小部屋][掲示板] [エクセルマクロ・CGI制作代行]