ショートショートバトル 5KBのゴングショー第158戦勝者
鏡 もち
人ごみの中を歩いていると頭になにかぶつかった。 足元を見ると新品のケシゴムが転がっていた。見上げると雲ひとつない青空が、見渡す限り続いていた。 紙の部分には「神様のケシゴム」と書かれていた。バーコードはなかった。 私はそれを何気なくポケットに放り込んだ。 数時間後、私は自宅にて睡魔と熾烈な争いを繰り広げつつ、とある書類を書いていた。書類は題名のほかは真っ白であった。題名はというとミミズがのた打ち回ったかのような乱れっぷりで、乱れ文字有段者以上でなければ読めそうもなかった。 これはまずいと、朝拾ったケシゴムを何気なく使った。次の瞬間、机の上においてあった「ウンゲロメチョッパ」が煙のように掻き消えた。 私はいろんなことに驚いた。目の前から物体が消えうせたこともそうであったし、また私がケシゴムを用いて消した文字が「ウンゲロメチョッパ」であったのにもたまげた。 否応なしに私は思い知らされた。このケシゴムは真に「神様のケシゴム」だったのだ。 察するに、これは不必要となったものを神様が忽然と消してしまうためのアイテムだったのだ。それは文字にして、擦って消すと効果を発揮するようであった。 引き潮のように引いていく血の気に、私はことの重大さを悟った。世界は、大変なことになる。 私は居ても立ってもおられず、家を飛び出した。そして会う人会う人に尋ねた。 「ウンゲロメチョッパを少し見せていただけませんか? 家に忘れてしまって……」 尋ねた人は大抵、それは大変ですねとカバンを探り出すが、見つからない。 そしてしばらくしてポツリと言う。 「はて、自分は何を探していたんでしたかな?」 私は根気よく同じ質問を繰り返した。 が、無常にも結果は同じだった。みな一様に「ウンゲロメチョッパ」が無くなっていて、さらに時間が経つとともに、その存在が記憶からも消えていくようだった。 最後のほう、私は不審者扱いだった。 私は考えた。このままでは私でさえ、その存在を忘れ去ってしまうだろうと。そこで急いで紙を取り出して事の顛末を書き綴ることにした。 ――以上が、私の犯してしまった過ちの一部始終である。以下の文章では「ウンゲロメチョッパ」がいかに優れた発明品であったか。そして人類が、どれだけその恩恵にあずかっていたのかを記したいと思う。 そもそも「ウンゲロメチョッパ」が誕生したのは、いまから 以上の文章は、私のポケットに入っていた紙に走り書きされていたものをそのまま複写したものである。私はこの走り書きを見つけて愕然とした。とても信じられるものではない。 問題のケシゴムはどこにもないし、事実だと証明するものは一切存在しない。辞書を引いても、ネットで検索してもまるでこの言葉の正体はつかめない。 いつもの妄想だったのではないだろうか。あえて事実だと仮定すれば、ケシゴムはそれを使用した記憶自体も消してしまうらしい。くしゃくしゃの紙を広げるまで、私はこんな文章を書いたことすら忘れていた。 私の焦り方から察すると、相当重要なものを消してしまったようだが、なんということはない。世界はこんなにも普通で、詰まらないままである。 と、話に乗っては見たが私は九割がた疑っている。意に介さない点があるとすれば、文章を書いた記憶がないというだけである。 もうこれ以上考えるのは止めることにする。私には書類作成という仕事があるからだ。 書類には題名しか書いていなかった。私は頭を抱えた。徹夜は免れまい。 題名はこうであった。 「 について」 空白の部分はケシゴムで消したらしく、薄っすらと後が残っている。目を凝らしてみると、どうやらこのような単語が収まっていたらしい。 ウンゲロメチョッパ――と。 |
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