ショートショートバトル 5KBのゴングショー第148戦勝者

「ハッピーエンド」

カレン

 広告塔の紅いライトが、ビルの窓ガラスに写っている。
時折、ダンプカーが排気音を響かせて走っていく。
僕が住んでいるマンションの、普段人が入らない屋上。
柵が無い。ほんの一歩、足を出すだけで真っ逆さまだ。
さっきまで僕の肩に頭をのせて、夜景に見とれていた女は、もういない。
鼻の奥にきつい香水の匂いが残っている。粘つく甘ったるい霧のような匂い。
目を閉じると、網膜が誤作動したように、ちらちらと細切れの映像が見える。
彼女の、ジュエリービーズをいっぱいくっつけた爪。
たばこの吸殻についたピンクの口紅。
 うんざりして、僕は部屋に戻った。

部屋はムッと暑かった。窓を開けると、
彼女が置いていった女性向けの週刊誌のページがぱらぱらとめくれた。
僕はそれをてにとったもののゴミ箱に捨てるのもしのびなく、綺麗にかたずいた床に放っておくのも目障りで、
途方にくれてしまった。
ベットに腰掛けて、ぼんやりとそれを眺める。
白黒ページの小さな記事に赤でしるしがつけられていた。

『雨の日に、ある少年が家出した。三年前の事だ。
彼は当時17才だった。高校三年生。
受験に疲れたのか、いじめにでも遭ったのか、
あるいは単に脱走と言う行為に憧れたのか。
理由は誰にでも推測できたが、本当のことは分からない。
結局分からないままだった。
白骨化した彼の遺体が、自宅の物置小屋で見つかった。』

奇妙な記事だ、と僕は思った。
彼女もきっとそう思ったんだろう。
油を強いたフライパンに水滴を落としたように、幾つかの疑問が胸に浮かぶ。
彼は自殺だったのか、殺されたのか。誰が遺体を見つけたのか。
この三年間家族は彼を探していたのか。近所での彼の評判は良かったのか。
高校は進学校だったのか。警察はこのことをどう見ているのか。
「これじゃあ、何も分からない。」
あるいは…… この出来事は少年の死によって完結したのかもしれない。
名探偵が鮮やかに解決した事件のように、完全に完璧に終わったのかもしれない。
終わった出来事には、『でも』も『もし』も『しかし」も無いのかもしれない。
 僕はぐっと、窓から身を乗り出した。







「ねえ、君はどう思う?」







外にざわざわと、人が集まっていた。乱雑に描いた輪のような人ごみの真ん中に、
この手で突き落とした女が、頭から血を流して倒れていた。

[前の殿堂作品][殿堂作品ランダムリンク][次の殿堂作品]


[HOME][小説の部屋][感想掲示板][リンクの小部屋][掲示板]