ショートショートバトル 5KBのゴングショー第141戦勝者

「ずっと一緒」

黒金剛

「……っ!」
 光が満ちた。
「先生! 患者さんが目を覚ましました!」
 若い女性の声がする。
「ご気分はいかがですか?」
 年配の男が柔和な口調で話しかけてきた。男も隣の女性も白衣に身を包んでいる。
「ここは? 何で僕はこんなところに?」
 病院だった。ベッドの上に寝かされ、体はピクリとも動かない。かろうじて動く目は指先まで覆い尽くした真っ白な包帯をとらえた。
 不安でしかたがない。いったい何が起こったのか、全くわからないのだから。
「あなたは酷い事故に遭ったんです」
「そんな……何一つ覚えていませんよ!?」
「一時は心停止するほど酷い事故でした。血流が止まったせいで、脳にも少なからず影響が出たのでしょう。一時的な記憶障害が出ているのかもしれません。」
「……」
「大丈夫。幸い脳自体にダメージはありませんでした。あれほど酷いケガだったのに奇跡的なことですよ」
 現実を把握しきれないまま、僕の入院生活は始まった。

 夜。夢を見た。目の前にいるのは若い男性。笑顔。楽しそうに話しかけてくる。一緒にいるだけで楽しい。幸福の絶頂。相手は男なのに、なぜか嬉しい気持ちになった。

 次の日も夢を見た。また同じ“彼”だ。今度は申し訳なさそうな顔。バツが悪そうにうつむいたままだ。どうしてそんなことを言うのだろう。とても悲しい気持ちになった。

 それから僕は毎晩、夢を見た。出てくる登場人物は毎回同じ。だが、夢の中の“彼”はこちらを見るたび、どんどん恐ろしい顔になる。頬を引きつらせ、目を見開いて怒鳴っている。怖い。どうして。
 
 完治に向かっていく体に反比例するように、僕の心は確実に衰弱していく。毎晩見る夢のせいに違いなかった。
 たまらず僕は担当医に相談することにした。最初、医師は信じられないといった顔をしていたが、僕の表情に深刻さを感じとったのだろう。やがて話し始めた。
「実は、貴方の現在の心臓は“貴方のもの”ではありません」
「え!?」
「貴方が運び込まれた直後、事故の加害者……女性でしたが、彼女も瀕死の重傷で搬送されてきました……。確かに意識がなかったのですが、貴方が心停止した途端に目を覚まして、自分の心臓の提供を申し出られたのです」
 その一瞬、理由はわからなかったけれど、なぜだか背筋が寒くなった。
「彼女は再び意識を失い、そのまま目を覚まさず……我々はせめて貴方だけでもとその申し出を受けたのです」
 医師は僕を説得するかのような口調で言葉を続ける。
「心臓移植によって記憶や嗜好が受け継がれるという話があります。極端なベジタリアンだった人が、生前肉食だった若者の心臓を移植され、突然肉を好んで食べるようになったという話、聞いたことありませんか?」
 以前、そういう話をテレビで観たことはあった。でも……。
「これはまだ医学的に実証されたことではありません。ですが、医学の歴史の中にはそういった事例が確かに実在します」
 じゃあ、毎晩の夢はその“彼女”の記憶だっていうのか。だとすれば、夢に現れた男は……。
僕は呆然とした表情のまま、病室に戻った。夢は毎日続き、相変わらず“彼”は怖い顔をしていた。

 そんなある日、ついに僕は顔の包帯を外すことになった。徐々に白い包帯が解かれていく。血の気のない青白い顔が鏡に映った瞬間、僕は愕然とした。
 そこにいたのは夢の中の“彼”だった。同時に、毎日の夢のように頭の中を次々と映像が駆け巡っていく。

 夜。ヘッドライトの光。照らされる男。地面に倒れている。大量の血を流して。酷い事故。でも、これも計画のうち。ハンドルを握る手が震える。頭が痛い。視界が真っ赤に染まっている。背中も痛い。きっと折れている。血をいっぱい吐いた。彼は死んでいないだろうか? それだけが心配だ。死んでしまったら心臓をあげることができない。顔を上げる。バックミラーには血まみれになった女の顔──

 全身が震えていた。そうだ。今、全てを思い出した。これは、僕の遭った事故だ。事故の加害者は元、彼女。被害者はその彼氏、つまり僕だ。
 束縛されて、依存されて。いつも一緒にいようとした。仕事場にすらやってきた。ずっと一緒にいたいって泣き叫ぶ姿にだんだんと怖くなって……別れを告げたんだ。
 でも、別れを告げた後もしつこく付きまとわれて、警察にも相談していた。目の前で自殺未遂をされたこともある。怖くて仕方なく引っ越しても無駄だった。今までの人間関係を全部断ち切って、ようやく新しい生活を手に入れたはずだったのに……
 なら、僕の胸で動いている心臓は……そして今まで見た夢はまさか……。

 震える手で鏡をつかみ、自分の顔を凝視する。すると、僕の唇がゆっくりと動き出した。


 ──これで、ずっと一緒にいられるね──



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