ショートショートバトル 5KBのゴングショー第132戦勝者
えりねすぱ
ふたりは縁側で花火を見上げていた。彼がそっと、彼女の手をとった。きゅうに昔のことを思い出し、彼女はぞっとする。 あれはこんな夏の日のことだった。花火が空にあがっては、きらめいて消えていった。彼は彼女の手をとり、こう言った。「結婚してくれるね」 彼女はしばらく何も言わなかった。あなたは、わたしのことをわかっていないわ。彼女はそう言って、また悲しげに彼を見つめた。「なにがあったの、言ってごらん」男の人はやさしくそう言った。 「わたしは子どもを産んではいけないのよ」苦しげに吐きすてるように、彼女は言った。わたしの見たことを話してあげるわ。けっして後悔してはいけないわ。 どうして助かったのかは、おぼえていない。きのこ雲が空にたちのぼり、わたしは地面になげだされていた。額に手をやると、べっとりと血がこびりついていた。家は倒れて、あとかたもなかった。 子どもだったわたしは、助けてくれる人をさがして歩き出した。女の人が死んだ赤ん坊をかかえていた。水をください、とわたしは言ったのだけれど、その人は首を横にふった。 おおぜいの人が向こうにいた。列をつくって、どこかへ歩いていくみたいだった。わたしはその人たちに近づいた。 まるで亡霊のようだった、熱い光線に焼かれて皮をはがれ、腕の皮がそっくりむけて、つめの先のところから垂れさがっていた。もっと深く傷ついた人たちだった。 この人たちは、どこかへ向かっているのかもしれない。助けてくれる場所を知っているのかもしれない。けれど、たどりついたのは、街のあいだを流れている大きな川だったわ。そこが、焼けただれた人々の行きついた先だった。 彼らが水にとびこんだのは、きっと、水が飲みたかったからだわ。そして彼女は話すのをやめた。彼はだまってきいていた。 わたしはやがて、安全な場所を見つけたのだけど、あのとき水にとびこんだのは、自分のような気がするの。 彼女は左手で前髪をかきあげ、傷のあとを見せた。彼はまるで自分が傷ついたような様子で、そばにいて話をきいていたが、やがてこう言った。ひとりで耐えがたい記憶なら、ふたりで。そう言って、彼女の手をぎゅっと握った。 |
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