ショートショートバトル 5KBのゴングショー第13戦勝者

「魂のカツ丼」

坂井 草

「ネタはあがってんだ! いつまでも、しらばっくれていても無駄だぞ!!」
ここは中野警察署第三取調室。刑事 塩手 大介は先月から中野区の住宅街で発生しているトランクス連続窃盗事件の容疑者、益田山 俊三 (55歳・住所不定・無職)の取り調べをしていた。
「やってねぇもんは、やってねぇんだ!!なんで俺が男ものの下着なんか盗まなきゃいけねえんだよ、
刑事さん!!」
「自分で履くためだろう!トランクスを何枚も重ね着しているのがなによりの証拠だ!!一体、何枚履いているんだ?」
「13枚。だけど、これは全部自分の金で買ったもんですぜぇ、刑事さん。」
「誰がそんな事信用できるものか。13枚といえば中野区で盗まれたトランクスの枚数と同じなんだぞ!」
「そういうのを偶然というんですぜ。ぐ・う・ぜ・ん!それより腹減ったなぁ。刑事さん、
なんか飯食わせてくださいよ」
「なにい、警察をなめるんじゃねぇ!!」
益田山に掴み掛かろうとした塩手の肩を、それまで塩手の後ろで煙草を吹かせていた中年の髭の男が止めた。
「大介!!やめておけ」
「刑事長(デカチョウ)・・・。」
そう彼は刑事三課を束ねる男、原田 敬。
原田警部は益田山に好々爺の笑みを浮かべると、
「おい、飯が食いたいと言ったな。どうなんだ?!」
「ああ。昨日から何にも食ってないからな」
「よし。なら食わせてやる。待ってろよ」
原田はニヤリと笑うと取調室から出ていった。
「へっ! ここにも話の分かる刑事(デカ)がいるじゃねぇか」
机の上に足を載せて益田山がそう言うと、刑事大介は静かに笑い、そして言った
「おまえ、・・・・・・もうおわりだぜ」
「な、なに?」
「お前にもすぐ、刑事長がどうして中野署のリーサルウェポンと呼ばれるか分かるさ」
「な、中野署のリーサルウェポン?!」

しばらくして、お盆を持った原田が取調室に帰ってきた。
トンと、机の上に置かれたお盆の上には丼と割り箸がのっている。
「なんだぁ、こりゃあ」
と益田山。
「カツ丼だ。取り調べにはカツ丼、と相場は決まってるもんだ」
「なんでぇ、今どきカツ丼かぁ。しけてんなぁ」
そう言って丼の蓋を開ける益田山。その時!!
ボワァと、美味そうな匂いが取調室に広がった。
「なんて、なんて豊潤な香りなんだ、ちくしょう!!」
益田山が目を瞑って叫ぶ。
「この香りの源はなんだぁ?ああ、三つ葉と濃厚な鳥ガラスープ。それだけじゃねぇ!!
昆布に鰹、極上のみりんの香り・・・そしてこれはカツレツを揚げた胡麻油の香りだ、ちくしょう!!
それら六つの香りの成分が絶妙なハーモニーを奏でる事で、このなんとも豊潤な香り生み出しているんだ、
ちくしょう!!」
目を開ける益田山。目にも止まらぬスピードで割り箸を割ると、卵とじのトンカツ一かけらを口の中に
ほおばった。
サクッとした音が辺りに木霊する。
「泣かせるじゃねえか、ちくしょう!!
普通、卵とじのカツ丼ってやつは出汁にベッタリ使って衣の香ばしさなんて味わえねえもんだ。
ひでぇ店になると前日に売れ残ったカツを使う所だってあるんだぜ。
しかしこのカツ丼はどうだ。口に入れた瞬間はカツの衣が全然べたべたしてねぇ、
なのに卵の方にしっかりと味が染み付いているもんだから口の中ではしっかりと出汁とカツの
あのコンビネーションを楽しめるときてらぁ、ちくしょう!!カツ丼はこうでなけりゃあいけねえ。
そして、この豚肉は何だ!!しかりとした歯ごたえがあるのに全然繊維っぽくねぇ。
それどころか噛めば噛む程味が出るじゃねえか。
有機農法で作ったサツマイモだけを与えて鹿児島産の黒ブタじゃねぇと、この味は出ねぇ。
俺は鹿児島出身だぁ、ちきしょう!!」
泣きじゃくりながらも、カツ丼をほおばり続ける益田山。
「で、この卵!!奢りやがっなぁ、ちきしょう!!
幻の鶏、うこっけい有精卵じゃねぇとこのコクとまろやかさは出ねえんだよ!!
米は当然南魚沼産コシヒカリ!!それもモミのまま、零下20度のの暗室保存しておいて、
ご飯を炊く寸前に脱穀したにちげぇねえ、ちきしょう、ちきしょう、ちきしょう!!」
まさにあっという間の出来事だった。益田山はちきしょう、ちきしょうなどと叫びながらも
カツ丼を一分二十三秒で米粒一つも残さず平らげると、合掌して言った。
「ご馳走様」
そして原田を睨み付けると、言った。
「こんなカツ丼。そんじょそこらの出前じゃ絶対食えねえ!!刑事さん、一体何処の料亭に注文したんだ?
服部料理学校か、それとも美食倶楽部かぁ?!」
原田は顔を下向き加減にゆっくりと首を横に振る。
「そのどれも違うな。そのカツ丼は、俺が作った」
「な、なに!!お前がぁ!!」
驚愕の益田山。
「そうだ。私が作った」
静かに原田が言い放つと、第三取調室は空気が凍ったかのように静まり返った。
ややあって益田山はふっと笑い、そして言った。
「どうりで、手が胡麻油臭いわけだ・・・。
正直驚いたぜ。警察にあんたの様な魂の料理人がいるとはな。久しぶりに食い物で感動したぜ。
こりゃあアンタには、デッケエ借りが出来ちまったなぁ」
頭を掻く益田山。
「でも、信じてくれ。トランクスを盗んだのは俺じゃねぇ。誓ってもいい」
「貴様、まだそんな事・・・・・・。」
そう言いかけた塩手を手で制し、
「若いの、早まっちゃいけねぇ。人の話は最後まで聞くもんだと学校で習わなかたかい?
俺のほかにもトランクスを重ね着するのが趣味の奴がいるんだ。そいつ、この前公園で出会った時
俺にナイキのスーパージョーダン98モデルのトランクスを俺に見せて自慢しやがるんだ」
「なに98モデル!!それは先日、新井薬師の大学生が盗まれた奴じゃないか。そいつの名は?」
「東山 二条 35歳。最近は聖護院公園でよく見かけるな」
益田山の言葉が終わるやいなや、原田は肩にかけたねずみ色のスーツを翻し取調室のドアをバタンと開けた。
「塩手!!行くぞ!!」
「は、はい!!」
原田 敬 54歳。通称“カツ丼の敬(ケイ)”
彼は帝都の平和を守る為、今日も魂のカツ丼を作り続ける。 <終わり>

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