ショートショートバトル 5KBのゴングショー第125戦勝者

「時速1,674km」

中原一機

酷く不味いビールを飲んだ

こんなのいつ以来だろう?子供の頃父親が飲んでいたビールのキレイな色に惹かれて
「飲ませて」と頼んで、ちょっと口にした時以来だろうか?
あれから何年経ったんだろうか?
一年間という時間は、年齢を重ねるにつれ、加速度を増していった
まるで地球の自転速度すらも上がっていったかのように・・・

今思えば、退屈な人生だった
小学校へ行かされ、中学校へ行かされ、高校へ行かされた
ろくな勉強もしなかったのに、大学に入ることになったが、ろくな大学じゃなかったから
そこを出ても、ろくな職につけず、ろくでもない仕事を嫌々しなきゃならなくなった
当たり前のように、仕事はクビになり、その後転々と職を変えてはクビになった
ついには、職を探すのすら面倒になった

忙しい人の人生は早く過ぎていく
と誰が言ったかは知らないが、忙しくなくても時が過ぎるのは早い
気付けば、あんなに不味かったビールを美味しく感じるようになった
そして、その時から俺は大人になってしまった
ずっと子供でいたかったが、世間はそれを許さない
俺の中の少年は、その存在を疎まれ、隅に追いやられては、やがて俺の中から消えてしまった
何処へ行ったのやら、俺には見当すらつかない

好きだった曲は、やがて懐メロになり、口ずさむだけで古いと言われるようになった
面白かったテレビ番組は、リニューアルという名の視聴率狙いの演出でどんどん面白くなくなっていった
美味しかった店は、ライバル店の策略で潰れ、その店の二号店と化した
時の流れは残酷で、何もかもを奪っていく
得るものなど何も無い

初恋なんて、記憶に無い
いや、そんなものは俺の中には根底から存在していなかったのだ
小学生の頃、まるで猿のような女子には、まったく興味がわかなかった
中学、高校の頃、女子を性の対象でしか見ることができなかった
大学生になってから、女子に対して、今まで無かった殺意が突然生まれた
そんな俺は恋をしたことが無かった
今も昔も、そしてこれからも

家賃を滞納気味で、大家が玄関でいつも五月蝿くわめき散らす部屋
中は汚く、ゴキブリにとっては豪邸のような部屋
隣の住民の声が聞こえ、プライベートも糞もない部屋
そんな部屋を捨てて逃げることができず、まるでホームレスのような生活を送っていた
ならば、ホームレスになって公園の空き缶でも拾っていた方がいいのだろうか?
だが、俺の安い自尊心がそれを断固拒否していた

ロビンソン・クルーソーは、お金も寝る場所も持たず、生き延びた
俺もそうやって生きていけたら、どんなにいいか分からない
だが、この国はそれを許さない
日本は漂流はしているが、無人ではないからだ

死がたまらなく怖い
死にたくない
死んだらどうなるか、それを教えてくれる人は今までいなかった俺は明日のたれ死ぬだろう
だが、明後日にはしぶとく生きているかもしれない
自分で死ぬ勇気は無い
だが、生きる気力も無い
どうすればいいのだ?

輪廻転生というものがあったらいいと思う
そうでなければ、俺のこの人生は説明がつかない
何のために生まれ、何のために死ぬのか?
俺の生きてきた道は、足跡すら残されていない
振り返ると、いつも同じ風景だ
枯れた花すら咲いていない、何も無い道

それでも、地球は回っている
誰の上でも平等に、ほぼ同じ速度で、毎度毎度回っている

こんな人生があったらいけない
だが、何もしないことの快楽を覚えると、抜けることはできない
例え、その先に絶望しかないとしても
だが、その絶望ですら俺は受け入れられない

髪は抜け、筋肉は落ち、歯は抜け、目も良く見えなくなった
後先短いであろう、俺の人生の結末
誰でも予想のできる結末
考えたくも無い結末
それでも考えてしまう結末

俺は今も自分をダメな人間とは思っていない
ただ、世の中には面倒なことと不条理なことが多すぎた
それだけだ

酷く不味いビールを飲んだ

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