ショートショートバトル 5KBのゴングショー第123戦勝者

「花火」

千秋

 あまりの暑さにセミたちも活動をやめ、聞こえるのは車の騒音と線路と電車が擦れ合う耳の痛くなりそうな音だけ。、コンクリート張りの部屋の中、頬っぺたを中心にコンクリート壁に体重を預ける。今年は例年以上の猛暑で、地球温暖化の心配が全世界にゆっくりと浸透していく。クーラーのせいで電気代がヤバく、生活費が大ピンチだ。仕送りもろくに貯金していない事も重なり、バイト続きの疲れた若者にとっては、地球温暖化の心配より、自分の生命存亡の危機のほうが重大だ。
『花火大会のお知らせ・日時・8月…』
 朝ポストに新聞と一緒に落ちてきた広告を見る。ポストに受け取り皿が無いのでボトボト玄関に落ちていく新聞。いっそのこと止めてしまえばいいのに、それもまた面倒臭い。
トゥルル。電話の呼び出し音が鳴り出して、重い体を電話の方へと匍匐(ほふく)前進(ぜんしん)してゆく。あまりの鈍さに途中から直立二足歩行。
「はい…誰っすか?こんな早くに…」
時刻は12時過ぎ。これのどこが早いのだろう?少々反省。
「あ、三嶋さんやっと出た。今日カナリ掛けまくったんですよ。電話」
「あ、卓弥?ごめん。今日午前バイトしてたわ。んで、何?」
 電話は、後輩の卓弥だった。高校の野球部の後輩。何かとおせっかいで、うるさいが居ると役に立つタイプ。自宅に何度も電話してきたということは結構重要な用件のはずだ。
「いや、そんなに重要じゃないんですけどね。今日花火大会があるんですよ。酒匂川で。んで、その花火を三嶋さんの家で見たいなぁって思って」
「はぁ?」
「三嶋さんの家無意味に花火見やすいんですから有効利用しないと」
 前に聞いた話によると、この貸しアパートはとても人気のある場所らしい。なぜかこの部屋だけ花火がよく見える。何度か、管理人に「いつまでここに居るんだい?」と、遠まわしに出て行けと言われたことがあるのは、そのせいか。と納得する。
「で、OKなんですか?駄目なんですか?」
 駄目といっても、どうせ来るだろう。
「焼き鳥買ってきて」
条件をだしてOKすると、開始時間から、見所など色々喋りそうな雰囲気だったので電話を一方的に切ろうとした。
「部屋の片付けしておいてくださいね」


 「終わらない…」
 夏休み中底なし沼のように溜まっていたゴミや雑誌類が、たかが数時間で綺麗になるはずが無い。体を動かすとさらに体が熱くなるわけで、ついついクーラーのリモコンへと手が伸びてしまう。娯楽費(ビール代とか)を削ってなんとか生き延びているのに、今付けたら苦労が水の泡だ。
「我慢我慢…」
いっそのこと、川にダイブしたい。浅くてダイブなんてしたら確実に怪我をするが。むしろ、病院の方が涼しいかも…
「入院費がかかるじゃないか…」
自己嫌悪をしている間中、時間はどんどん過ぎていくわけで…

 ゴンゴン。ドアを叩く音と同時に栗色の短い髪と、真っ黒な瞳。身長はそれほど高くもないし、低くも無い。でも、現在は立場上すごく大きく見える卓弥の顔が、怒りのオーラとともに…
「だからぁ、片付けしておいてくださいて言ったじゃないですか…」
「やろうとはしたんだぞ。俺も。でもさ、この部屋暑くて…」
「だから、日々片付けをしてくださいという意味ですよ」
こいつに言い訳はきかない。むしろ、怒りを逆撫でしてしまったようだ。
「まったく三嶋さんはいっつもいっつも…」


 大分足が痺れてきた頃、ようやく説教から開放された。
「次からはちゃんとしてくださいね!」
 こう、強く念を押されたが、それぐらいで効くようないい人に俺は出来ていないのでまぁ、聞き流しをしておこう。
 ドンドンドン。規則的なピストルの音が花火決行の知らせを運ぶ。二人の会話は(一方的な)は途切れ、鳥の鳴き声だけが耳に入る。
「今日、決行みたいですね」
「ん?今の音何?殺人?」
「三嶋さん何歳なんですかあなた」
 そんなこんなで、開始30分前。あたりも十分暗くなり、いよいよ花火大会らしくなってきた頃…
 ポツン、ポツン。
「げ!三嶋さん、雨降ってきましたよ!どんだけ日ごろの行いが悪いんですかあなた…」
「お前の方こそ日ごろの行いが悪いからじゃないか?」
 そんな会話をしていると、ますます雨が激しくなってきた。ザーという音と共に、川の方でごたごたと人が動いているのが見えた。
「こりゃぁ、中止ですね〜」
「焼き鳥食えたから良し」
「花火やりましょう」
「はぃ?」
そういうと卓弥は焼き鳥の入っていた袋を部屋の隅から足でつかみ、それを手に取ると中に入っている「ファミリー花火セット」を取り出した。
「準備良いな。異様なまでに」
「もともと見終わった後やろうと思ってたんですよ」
「あっそ…」
やる気のなさそうな返事をした後、ベランダで花火をやった。線香花火から、ロケット花火(さすがにベランダじゃできないが)まで多種多様な花火が入っていた。久しぶりに見た花火の光になんとなくくつろげた。夏休みもあと少しだが、毎日花火をやろうとか思うほどだった。


「あ、ベランダ焦げた…」
修理費は…
 
「え!?俺ですか…ひどい…」

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